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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
13話
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封筒

 


 登録試験は、思っていたよりもあっけなく終わった。



 受験者の数が少なかったせいもあるが、私にとっては試験というよりも、軽い稽古のようなものに見えた。

 相手を務めた試験官は額に汗を浮かべながらも、どこか気楽そうに距離を取り、最後には苦笑いを残して離れていった。



 職員が前に出て、形式ばった挨拶と後の講義の案内を告げる。受験者たちは三々五々に散っていき、それを取り囲んでいた冒険者たちも、それぞれの用事へと戻っていった。



 私は立ち上がり、腰と腿についた埃を叩き払う。

 パン、パン、と乾いた音がやけに響いた。


 どこへ行くでもない。ただ、座っている理由がなくなっただけ。


「んじゃ、お開きだな」


 バルクが肩を回しながら言い、ロニオも無言で歩き出す。


「今日は依頼はしないんですか?」


 自然と口をついて出た疑問だった。まだ日は高い。時間はある。もし試験の発表がなければ、私は迷わず森へ向かっていただろう。


「あ〜、まぁな。こういう日くらいはギルドの連中を労って、依頼をやらねぇってのもアリだろ」


 バルクは笑い、わざとらしく肩をすくめる。



「多忙でギルドの姉ちゃんが険悪な顔で八つ当たりしてくるのも嫌だしよ。せっかくの美人が台無しだ。どうせなら可愛いまま対応されたいだろ?」


「お前の主観だが、それには同意だな」


 ロニオが鼻で笑う。


 二人は並んで歩き出し、その背中が少しずつ遠ざかっていく。私はしばらくその背を見つめていた。


 そのとき、隣にすっと並ぶ気配がした。


「私たちも行こ」


「はい」


 ミアレだった。


 視線が合う。柔らかな微笑み。私は頷き、並んで歩き出す。


 けれど、胸の奥に小さな棘が刺さっているのを自覚していた。


 しばらくは会えなくなる。


 次に並ぶとき、私たちは——Dランクになっているはずだ。


 Dランク。


 その言葉を思うだけで、心が浮き立つ。Eランクの掲示板から一歩抜け出す。それはただの記号の変化かもしれない。けれど、私にとっては違う。前に進む証だ。


 ギルドの受付エリアに戻り、酒場でオレンジジュースを二つ買う。

 並々と注がれたジョッキは、陽を透かして橙色に輝いていた。


 一口。

 二口。


 甘くて、少し酸っぱい。爽やかな喉越しが胸の奥まで落ちていく。

 一気には飲めない。時間をかけて味わいたい。


 私は掲示板を覗いた。

 Eランクの依頼はいつも通りだ。森オオカミ、ホーンラビット、薬草採取、きのみ集め。


 視線を上げる。


 Dランク。


 オーク討伐。ゴブリン討伐。ダンジョン調査。


 オーク討伐がある。

 オークなら、いくらでも倒せる。

 倒して、肉を剥ぎ取って、ミアレと焼いて食べよう。


 その光景を想像しただけで、口元が自然と緩む。


「リュシアちゃん、楽しそうな顔して、どうしたの?」


 ミアレの声は、ゆっくりで、すべてを見透かしているようだった。


「私達、Dランクになれるんですね」


 弾む声が自分でもわかる。


「ね。私達、一体どこまで行けるのかな」


 どこまで。


 Dランクの先。

 Cランク。Bランク。

 Aランク——いや。


 Sランク。


 バルクも、ミアレも、言ってくれた。

 強いって。


 だから、つまり——

 誰も、私を弱いなんて言っていない。

 ……はずだ。


 胸が高鳴る。

 足取りが軽い。

 未来は、私の前に開けている。


 そのとき、受付嬢の声が響いた。


「昇格試験を受けた方がおられましたら、部屋に案内しますのでこちらに」


 書類を抱えた受付嬢の後を、受験者たちがぞろぞろとついていく。私とミアレも、その流れに加わった。


 小部屋に通される。

 窓が閉め切られている。

 少しだけ空気が重い。


「皆さん、昇格試験お疲れ様でした。合格された方のみ、順番に封筒の中の書類と冒険者証を提出してください。不合格の方は再度、昇格試験を受けてDランク昇格を目指してください。以上です。順番にお呼びします」


 一人ずつ名前が呼ばれ、封筒が手渡されていく。


 誰かが咳払いを我慢して、紙の擦れる音がやけに大きい。


 ミアレの名前が呼ばれる。

 彼女は小さく息を吐き、受け取った。


 次。


「リュシアさん」


 私の名が、はっきりと告げられる。


 封筒を受け取る。

 紙の感触が、妙に重い。


 ようやくこの瞬間が来たのだと、胸がどくどくと鳴る。

 手のひらがじんわりと汗ばむ。


 ゆっくりと封を切る。

 書類を取り出す。


 視線を落とす。


 ——その瞬間。


 ぷつり、と。


 音が消えた。


 ざわめきも、紙の擦れる音も、誰かの咳払いも。

 世界が、真空のように静まり返る。


 文字だけが、目に焼き付いている。


 呼吸を忘れたまま、私はただ、そこに立ち尽くしていた。


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