戦わないという答え
ガルド視点
いつものことのようにギルドに呼び出され、いつもの椅子に腰を下ろす。
そこにいる必要があるのかと問われれば、おそらくない。肩書きがあるわけでも、書類を裁く権限があるわけでもない。だがなぜか俺はこの仕組みの一部に組み込まれていて、こうして時折、何もせず座っている。
本当に、座っているだけだ。
目の前では職員たちが書類を捌き、印を押し、インクの匂いを漂わせながら忙しなく動いている。俺はその光景を眺めているが、別に上司でもなければ監督役でもない。相談役と言えば聞こえはいいが、実際のところは「厄介な案件の最終確認係」といったところだ。
何もしなくていい日。
そう思えば、この退屈も悪くない。
窓の外に目をやる。
今日は試験日らしい。初心者たちは試験に群がり、中堅どもは新しく来た連中の様子を腕組みして眺めている。
依頼に出る者は少数だ。
まあ当然だろう。
Eランクの依頼は割が悪い。新人なら早く抜け出してDに上がりたいはずだ。わざわざEに留まり続ける理由もない。
視線を戻す。
印を押す音、紙をめくる音、職員同士の小声のやり取り。外からは試験官の声が聞こえる。
ふと受付嬢のルーナと目が合った。
あいつはぱっと花が咲いたように笑い、にこやかに小さく手を振る。
俺は冷めた目で見返すとあいつは片手で投げキスをしてきた。
仕方なくそれを空中で掴む仕草をし、窓の外へ放り投げてから手で追い払う。
ルーナは唇を尖らせ、頬を膨らませた。ぶつぶつと難癖をつける顔だ。
思わず鼻で笑う。
椅子に深く凭れ、腕を組む。
若い連中は、からかっても許される年上に対しては遠慮がない。嫌いではない。ああいうやり取りに救われる奴もいる。張り詰めた空気を、少しだけ緩める。
溜め込んだ息を吐き、目を閉じる。
――ガルド、死なないためには何が必要なんだ。
昔、そう問われたことがある。
そのとき俺は答えた。
戦わない。
当然、相手は笑った。腹を抱えて、ひとしきり笑ってから、こう言った。
「俺もそうしよう」
あいつはその後も何度も戦ったがな。
記憶の奥の声が薄れていく頃、職員が声をかけてきた。
「すみません、ガルドさん。少しよろしいですか?」
目を開ける。差し出された用紙に視線を落とす。
昇格試験の答案らしい。
「三つくらい、出しゃばった答えでもいいだろ?」
職員は困った顔で頷き、試験の答案を読み上げる。
――オーク二体とゴブリン三体。林。前衛二、後衛一。どう対処するか。
先にオークを落とす。
ゴブリンは脅威度が低い。
後衛で牽制、片方を集中攻撃。
数を減らせば勝てる。
次の問題。
――仲間の武器が戦闘中に破損。敵は健在。
代わりに自分が前に出る。
注意を引きつけ、速攻で決着。
さらに。
――新人と依頼に行く際の注意点。
実力を見極める。
無理をさせない。
危険なら自分が処理する。
読み終えた職員が困ったように眉を下げ、言葉を濁す。
「他が軒並み……」
問題児を見る目だ。
俺は鼻で息を抜く。
ほんの数秒、用紙を手に取って見つめる。
「無理だな。次回に回せ。名前は?」
彼は一瞬、目を細める。
「リュシア、と」
ああ。あの小娘か。
冒険者でもないのにダンジョンに潜り、死にかけて血まみれで睨んでいた。助けられてなお、変わらない。
答案は悪くない。むしろ鋭い。優先順位も的確だ。
だが、どれも戦う前提だ。
数を減らせば勝てる。
自分が前に出れば守れる。
危険なら自分が処理する。
だが、全部“勝つ”前提で書いてある。
全部、戦う。
全部、抱える。
鼻で笑う。
撤退がない。
崩れたときの想定がない。
自分が倒れた場合の計算がない。
自分がいる限り大丈夫だと、無意識に信じている。
そういうやつは、死ななきゃ治らない。
……いや。
本当は分かっている。
死んでも治らないやつもいる。
椅子に深く凭れ、目を閉じる。
悪く思うなよ、小娘。
こっちはお前のためにやってる。
戦わないという答えに辿り着くまで、何人が血を流すかは知らないがな。
ギルドのざわめきが遠くなる。
俺はまた、何もせず座っている。
だが、この椅子は無意味じゃない。
戦わずに済むやつを、一人でも増やすための場所だ。
そのために嫌われ役をやるのも、悪くない。




