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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
13話
65/85

戦わないという答え

ガルド視点

 


 いつものことのようにギルドに呼び出され、いつもの椅子に腰を下ろす。



 そこにいる必要があるのかと問われれば、おそらくない。肩書きがあるわけでも、書類を裁く権限があるわけでもない。だがなぜか俺はこの仕組みの一部に組み込まれていて、こうして時折、何もせず座っている。



 本当に、座っているだけだ。


 目の前では職員たちが書類を捌き、印を押し、インクの匂いを漂わせながら忙しなく動いている。俺はその光景を眺めているが、別に上司でもなければ監督役でもない。相談役と言えば聞こえはいいが、実際のところは「厄介な案件の最終確認係」といったところだ。


 何もしなくていい日。

 そう思えば、この退屈も悪くない。


 窓の外に目をやる。


 今日は試験日らしい。初心者たちは試験に群がり、中堅どもは新しく来た連中の様子を腕組みして眺めている。


 依頼に出る者は少数だ。

 まあ当然だろう。


 Eランクの依頼は割が悪い。新人なら早く抜け出してDに上がりたいはずだ。わざわざEに留まり続ける理由もない。



 視線を戻す。


 印を押す音、紙をめくる音、職員同士の小声のやり取り。外からは試験官の声が聞こえる。


 ふと受付嬢のルーナと目が合った。

 あいつはぱっと花が咲いたように笑い、にこやかに小さく手を振る。


 俺は冷めた目で見返すとあいつは片手で投げキスをしてきた。


 仕方なくそれを空中で掴む仕草をし、窓の外へ放り投げてから手で追い払う。


 ルーナは唇を尖らせ、頬を膨らませた。ぶつぶつと難癖をつける顔だ。



 思わず鼻で笑う。

 椅子に深く凭れ、腕を組む。


 若い連中は、からかっても許される年上に対しては遠慮がない。嫌いではない。ああいうやり取りに救われる奴もいる。張り詰めた空気を、少しだけ緩める。


 溜め込んだ息を吐き、目を閉じる。


 ――ガルド、死なないためには何が必要なんだ。


 昔、そう問われたことがある。

 そのとき俺は答えた。



 戦わない。



 当然、相手は笑った。腹を抱えて、ひとしきり笑ってから、こう言った。


「俺もそうしよう」



 あいつはその後も何度も戦ったがな。


 記憶の奥の声が薄れていく頃、職員が声をかけてきた。


「すみません、ガルドさん。少しよろしいですか?」


 目を開ける。差し出された用紙に視線を落とす。


 昇格試験の答案らしい。


「三つくらい、出しゃばった答えでもいいだろ?」



 職員は困った顔で頷き、試験の答案を読み上げる。


 ――オーク二体とゴブリン三体。林。前衛二、後衛一。どう対処するか。



 先にオークを落とす。

 ゴブリンは脅威度が低い。

 後衛で牽制、片方を集中攻撃。

 数を減らせば勝てる。



 次の問題。


 ――仲間の武器が戦闘中に破損。敵は健在。



 代わりに自分が前に出る。

 注意を引きつけ、速攻で決着。



 さらに。


 ――新人と依頼に行く際の注意点。


 実力を見極める。

 無理をさせない。

 危険なら自分が処理する。



 読み終えた職員が困ったように眉を下げ、言葉を濁す。


「他が軒並み……」


 問題児を見る目だ。


 俺は鼻で息を抜く。


 ほんの数秒、用紙を手に取って見つめる。


「無理だな。次回に回せ。名前は?」


 

 彼は一瞬、目を細める。


「リュシア、と」


 ああ。あの小娘か。



 冒険者でもないのにダンジョンに潜り、死にかけて血まみれで睨んでいた。助けられてなお、変わらない。



 答案は悪くない。むしろ鋭い。優先順位も的確だ。

 だが、どれも()()()()だ。


 数を減らせば勝てる。

 自分が前に出れば守れる。

 危険なら自分が処理する。


 だが、全部“勝つ”前提で書いてある。


 全部、戦う。

 全部、抱える。


 鼻で笑う。


 撤退がない。

 崩れたときの想定がない。

 自分が倒れた場合の計算がない。

 自分がいる限り大丈夫だと、無意識に信じている。



 そういうやつは、死ななきゃ治らない。


 ……いや。

 本当は分かっている。


 死んでも治らないやつもいる。


 椅子に深く凭れ、目を閉じる。

 悪く思うなよ、小娘。


 こっちはお前のためにやってる。


 戦わないという答えに辿り着くまで、何人が血を流すかは知らないがな。


 ギルドのざわめきが遠くなる。


 俺はまた、何もせず座っている。


 だが、この椅子は無意味じゃない。

 戦わずに済むやつを、一人でも増やすための場所だ。


 そのために嫌われ役をやるのも、悪くない。

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