杖と行方不明
試験の結果は午後に出されると言われていた。
それまでの時間、依頼を受けることもできず、やることがない。
待つだけ、というのは思っていたよりも落ち着かないものだった。
ギルドの廊下を、ミアレと並んで歩く。
硬い床板に、二人分の足音が規則的に響いていた。
静かで、少しだけ空気が重たい。
ふと、窓の外から人のざわめきが聞こえた。
声が重なり合う音。金属が触れ合うような、どこか乾いた響き。
自然とそちらへ視線が向く。
窓の外、中庭には人だかりができていた。
「あ……」
思わず足が止まる。
そこには、冒険者登録のために集まった人たちがいた。
まだ武器も馴染んでいないような、ぎこちない立ち姿。
期待と緊張と不安が混じった顔。
「ミアレさん、見て」
声に出すよりも先に、体が動いていた。
視線が釘付けになり、そのまま引き寄せられるように中庭へと出る。
外に出た瞬間、陽の光が強く目に刺さり、思わず手で影を作った。
眩しさに目を細めながら、集まっている人数を数える。
少ない。
二十人いるかどうか。
いや、それよりも少ないかもしれない。
自分がここに立っていた時は、もっと、ずっと多かった。
押し合うほどの人の数で、ざわめきが止まらなかった。
みんな、冒険者になりたくて集まっていたはずなのに。
小さな違和感が胸の奥に沈んだ。
「なんだか、人が少ないね」
「本当……私たちの時は沢山いたのに」
ミアレも同じことを感じていたようだった。
視線を外へ向けたまま、ふと横へ滑らせる。
すると、壁にもたれかかって腕を組んでいるバルクの姿が目に入った。
その隣にはロニオもいる。
視線が合う。
私は軽く手を振り、そのまま駆け寄った。
「こんにちは! バルクさん、ロニオさん。ここで何をしてるんですか?」
二人は小さく手を上げて応える。
「よぉ」
ミアレも少し遅れて挨拶をした。
バルクは顎で中庭の方を示す。
「新人がどんなやつか見るためにここにいるんだよ。お前らは……ここにいるってことは、昇格試験を受けたのか?」
私は大きく頷く。
これで同じDランク。
肩を並べられる。
一人前の冒険者。
胸の奥が少し熱くなった。
「簡単な問題だったろ?」
「バルク、そこは人によるだろ」
ロニオが横から口を挟む。
「ハハッ、いいじゃねぇか。俺は無事に昇格できてた事だしな。答えなんてねぇだろ?」
私は再び頷いた。
ロニオは呆れたように息を吐き、ミアレを見る。
ミアレは視線が合うと、少しだけ首を傾げた。
「あの……登録試験の方たちって、いつもこんなに少ないんですか?」
二人は一瞬、顔を見合わせる。
バルクが落ち着いた視線をミアレへ向けた。
「ああ、こんなもんだ。お前らの時が異常に多かっただけだよ。ほら……ロニオ、覚えてるか? 大金稼いで騒いでたやつ」
ロニオが小さく頷く。
「Dランクの冒険者がな、近くのダンジョンで高価な杖を見つけたんだ。それを売って大金貨二枚。で、自慢して回って、それが広まって……参加者が一気に増えた」
途中まで聞いた瞬間、私は一歩踏み出していた。
「それ、私の杖なんです! 私のです! その人たちは誰なんですか! 許せないです! 教えてください!」
ロニオが驚いて一歩引く。
バルクが慌てて間に入り、ミアレが肩を掴んで引き寄せてくる。
「リュシアちゃん、落ち着いて」
「突然なんだ、何の話だ」
私の杖だ。
間違いない。
矛先がある。
相手がいる。
歯を食いしばる。
それだけで、感情が一気に流れ込んできた。
「最後まで話を聞け」
ロニオが静かに続ける。
「そいつらがその後どうなったか……端的に言えば、行方不明だ」
行方不明。
音が遠くなる。
逃げたのか。
売って、姿をくらましたのか。
「依頼は未達成のまま。報告もない。他のギルドからの連絡もない。期限切れで失敗扱い。証も見つかってない。だから行方不明だ。……まぁ、死んでる可能性が高い」
その言葉を聞いた瞬間、胸に渦巻いていた感情がすっと冷えた。
力が抜け、ミアレに寄りかかる。
バルクが私の手元を指差す。
「リュシア、お前のいま握ってるそれはなんだよ。お前の杖じゃねぇのかよ」
私は杖を見る。
握る感触を確かめる。
違う。
これは繋ぎだ。
「違うんです……私の本当の杖は、お店に売られてて……お金が足りなくて……だから依頼を……」
「全部言わなくていいよ、リュシアちゃん」
ミアレが優しく声をかけてくれる。
ロニオがバルクを止めた。
「嘘は言ってない。身なりを見ろ。事情ってもんがあるだろ」
「……お、おう。わりぃ」
沈黙が落ちる。
遠くで、登録試験の掛け声と足踏みの音、武器が打ち合う音が聞こえていた。
陽の光の中で、これから冒険者になる人たちが声を張り上げている。
夢の入り口。
あの声の何人が、またここに帰ってくるのだろう。
その音は、どこか遠くで、やけに静かに聞こえた。




