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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
13話
63/80

強さの前にある問い

 


 試験の日は、思っていたよりもずっと早くやってきた。


 気づけば朝の光が窓から差し込み、革鎧の留め具を確かめる指先に、わずかな緊張が宿っている。胸の奥で何かが小さく跳ねるのを感じながら、私はギルドへ向かった。


 重たい木の扉を押し開けると、見慣れた光景が広がった。

 依頼掲示板、酒場の方から漂ってくる香り、行き交う冒険者たちの足音。


 受付嬢のいるカウンターへ、私はミアレと並んで歩み寄る。


「昇格試験の参加ですね。本人確認をお願いします」


 受付嬢はいつも通り整った姿勢で、柔らかな笑みを浮かべていた。


 昇格試験の参加と本人確認。

 名前を伝え、手続きを済ませる。


 そして受付嬢は、どこか安心させるような声で言った。


「Dランクへの昇格試験は、実技はありません。答案による判断と意識の確認のようなものですので、難しく考える必要はありませんよ」


 難しくない。

 そう言われると、逆に拍子抜けしてしまう。私は小さく頷き、指定された部屋へ向かうことになった。



 廊下を歩きながら、周囲を見渡す。

 年季の入った床板は歩くたびにわずかに軋み、壁には古い張り紙の跡が残っている。

 紙とインクが混じった独特の匂いが、鼻の奥に残った。



 隣を歩くミアレが、ふいに口を開いた。


「私ね。しばらくの間は家の用事があるから、ギルドに顔を出さないけれど……もし、もし何かある時は私に声を掛けてね」


 差し出されたのは、小さな紙切れ。

 受け取って見ると、簡単な道筋と店の名前が書かれている。


「お肉屋さん?」


「うん。家の手伝いでね。それに、これを期に弓の整備もしておこうと思って。リュシアちゃんも、杖を一度見てもらった方がいいよ。依頼をこなすためにも、身を守るためにも、魔物を倒すためにも……必要だから」



 私は手に持っていた杖を、両手で持ち直して眺めた。

 滑らかな木肌。小さな傷と凹みのある程度。


「必要、ですか?」


「壊れちゃったら困るでしょ?」


 視線が重なり、ミアレは柔らかく微笑む。


 深くは考えなかった。

 もう一度、杖を見る。


「うーん……」


 だって、この杖は本来の杖の繋ぎでしかない。

 今だけ、仮に使っているだけのもの。

 そう思うと、どうしても()()()()()という気がしなかった。


 しばらく歩き進めると、目的の部屋に辿り着く。

 扉を開けると、教室のような空間が広がっていた。


 机と椅子と教壇。

 以前、冒険者登録試験の講座を聞いたときと同じ場所だ。


 人は少なかった。

 あのときの大人数と比べると、驚くほど少ない。

 まだ集まっていないだけなのかもしれない。


 ミアレと並んで席に着く。


 時間が経つにつれて、人は少しずつ増えていった。

 ざわざわと話し声が広がり、椅子を引く音が重なる。

 それでも、集まったのは二十人にも満たない。


 登録試験のあの日にいた人の数とは、まるで合わない。

 その差が、頭の中で形を持つ。


 死んだか、辞めたか。


 バルクの言葉が蘇る。

 つまり、そのどちらかだ。


 ここにいるのは、振り子に落とされなかった者たち。

 生き残った者たち。



 やがてギルド職員の男性が現れ、教壇に立った。


「昇格試験に来てくれた冒険者諸君、こんにちは。私はギルドに勤めているハインズだ。Eランクで一人でやってきた奴もいるかもしれないが、Dではそうはいかない場面がある」



 落ち着いた声が部屋に響く。


「一人でDランクの魔物や群れに遭遇した場合、どうにもならないことがある。だからこそ、複数人で協力し合う基礎を問うのがこの場だ。個人の強さより、連係、確認、判断。それができれば、個人の強さより遥かに有利になる」


 用紙と筆が配られる。

 男性は肩をすくめて続けた。


「個人的には、こんなことをしなくてもDに上げていいと思っているがな。制度というやつだ。落ちても何度でも受けられる。思ったことをそのまま書けばいい。難しく考えるな」



 そうして試験は始まった。

 沈黙が落ちる。耳に入るのは、筆が紙をなぞる音だけだ。


 名前を書き、問題を見る。


 三人のパーティーで一人が負傷。ポーションを所持している場合どうするか。

 ひらけた場所で魔物の群れに遭遇したとき、どう行動するか。





 どれも、答えは一つではない問いだった。

 けれど難しいとは思わなかった。思ったことを書けばいい。それだけだ。


 私は、「ポーションを飲ませて戦闘継続」と書いた。



 私は筆を走らせる、気づけば時間が余っていた。


 やがて用紙が回収され、軽い挨拶とともに解散となる。

 椅子の音が重なり、部屋の空気が緩んだ。


「難しかった……」


 隣でミアレがぽつりと言う。

 私は少しだけ考え、首を傾げた。


「そうでした?」


 自分の声が、思ったよりも軽かった。

 難しくはなかった。けれど、何かを問われていた気もする。


 その言葉が、なぜか少しだけ胸に引っかかった。

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