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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
12話
60/80

金貨二枚の距離

ミアレ視点

 


 昼下がりのギルドは、思っていたより人が少なかった。


 それでも、この場所特有の匂いは変わらない。木の机に染みついた酒と汗、革装備の油、そして微かに混じる鉄の匂い。


 何度も来たはずなのに、扉をくぐるたびに「帰ってきた」と思わせる空気だった。


 テーブルでは向かい合って談笑する者たちがいて、昼間から酒をあおる者もいる。受付のお姉さんに懲りもせず言葉を投げる男の姿も見える。人の数は多くないのに、賑わいだけはいつもと同じだった。



 私は隣を歩くリュシアちゃんに視線を落とす。

 彼女は少し緊張した面持ちで、けれど足取りは軽い。杖を抱える仕草がまだ新しく、革鎧も陽の光をわずかに弾いている。


 二人で受付カウンターへ向かい、依頼達成の報告を済ませる。


 受付のお姉さんは慣れた手つきで書類をめくり、印を押した。共同で参加したパーティーの処理もあったからか、受付のお姉さんは迷いなく書類を進め、慣れた手つき依で報酬を差し出してくる。



 銀貨三枚。



 袋の中から取り出された銀貨は三枚。


 私はその縁を指先でなぞる。午前中で終わった依頼としては、かなり手取りがいい。けれど、あの駆除量を思い出すと、他のパーティーがいなければ相当骨が折れていたはずだと分かる。妥当で、そして少しだけ運が良かった。


 財布袋に銀貨をしまい、ふと顔を上げる。

 リュシアちゃんは両手に銀貨を乗せ、大切なもののように見つめていた。私の視線に気づくと、ぱっと顔を上げて、にこりと笑う。


 可愛い。


 疑うことを知らない、真っ直ぐな感情。

 見ているだけで胸の奥が静かに緩む。


 彼女もポーチにお金をしまい、二人で受付を離れた。


 昼なら、もう一つ依頼を受けることもできる。

 でも、夜遅くなるのは最善とは言えない。

 少し迷って、私は彼女に尋ねた。


「リュシアちゃん、この後どうする? 今日はここまでにする? もう一つ何かする?」


 彼女はすぐに私の方へ向き直った。


「あ、やります。私、まだ行けます!」


 はっきりとした返事。

 疲れた様子は、どこにもない。


 私は小さく微笑む。

「日が暮れないうちに、早く選んで行こっか」



 そのときだった。



「おいっ」


 低い男性の声が背後から飛ぶ。私は振り返り、リュシアちゃんの横に並ぶよう一歩引いた。


 視線は私ではなく、彼女へ向いている。


「あ……」


 リュシアちゃんの声を遮るように、青年は指でコインを弾いた。


 キン、と澄んだ音。


 それは彼女のレザーの胸当てに当たり、慌てて両手で受け止める。


 ゆっくりと開かれた手のひら。

 そこに、金色の光。


 さらにもう一枚、青年は指先からそっと落とした。


「これはお前の取り分だ」


「あの、これは?」


 金貨を見てから、彼女は顔を上げる。



「何って……オークの肉だよ。いつもより多く持って帰れたし、状態も良かったらしい。剣でズタズタにするより、ああやって仕留めた方が割がいいってことだ」


 オーク。

 その単語だけが、胸のどこかをざわつかせた。理由は分からない。


 私は青年を見た。少し横柄な口調。知らない人だ。


「私はミアレと言います。あの、貴方は?」


「俺か? 俺はバルクだ。Dランク。ああ……こいつのパーティーか?」


「はい」


 リュシアちゃんが迷いなく答える。


「ミアレさんは、いろいろ教えてくれますし、一緒にいてくれる仲間なんです」


 胸の奥に灯りがともる。ざわめきが静かになり、温かさだけが残る。

 言葉にされると、こんなにも重みがあるなんて。



「リュシアちゃん……」


「だな。一人だと何しでかすか分かんねぇし。連れに感謝しろよ」


 バルクさんは彼女の頭を大きな手でわしっと撫でた。リュシアちゃんは頬を膨らませて振りほどく。


「もぅ」


 その表情に、思わず笑みがこぼれる。


 私は呼吸を整えて尋ねる。


「さっきのオークって、討伐ですか? 肉の納品?」


 言ってくれれば、私もついていったのに。

 そんな思いが、胸の端をかすめる。


「まぁな。こいつ、オークを一撃でのしたんだ。すげぇだろ」


 一撃。

 分かっていた。

 試験のとき、丸太を粉砕した魔法。

 森オオカミを吹き飛ばした一撃。

 普通じゃないと、もう知っている。


 本来、Eランクは一人でも倒せる相手。

 Dランク以上は、パーティーで挑む相手。


 それを、一人で。

 弓を番えるより早く放たれる魔法で。


 リュシアちゃんがこちらを見る。


 リュシアちゃんがこちらを見る。褒めてほしそうな目。


「リュシアちゃん、すごいね」


 彼女は胸を張る。顔に「私は強いでしょ」と書いてある。


 強いよ。

 でも――。


 今は隣に並んで歩けている。けれど、いつか。私の実力が足りなくなる日が来るかもしれない。彼女の歩幅が大きくなり、私は置いていかれるかもしれない。


 それでも、今はまだ並んでいられる。

 同じ依頼を見て、同じ報酬を受け取り、同じ夕方の光の中を歩ける。


 手のひらに残る銀貨の感触と、彼女の金貨の輝き。

 重さは違っても、同じ袋にしまわれる音はよく似ていた。


 ねぇ、リュシアちゃん。

 私は、あなたのそばにいられますか。


 問いは声にならないまま、胸の奥で静かに揺れていた。


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