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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
11話
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魔法理論

 




 先に音を上げたのは、依頼主側の人だった。



 二人で交代しながら土を盛り上げていたが、やがて肩で息をし、畔に腰を下ろす。額には汗が滲み、握っていた杖の先がわずかに震えていた。


 申し訳なさそうに、それでもどこか安堵した声で言う。



「今日はここまでにしようか。いやぁ、助かったよ。こちらからもギルドに報告しておくから、報酬はギルドで受け取ってくれ」



 その人の顔色は、少し青白い。


 魔力の枯渇。

 それがどれほど身体に重くのしかかるか、私は知っている。


 一度だけではない。

 少なくとも、あの感覚を理解するために――姉さまに、無理やり体験させられたことがある。


 視界が白くなり、立っているのか倒れているのかも分からなくなる。

 血の気が引くような立ちくらみ。

 全身にまとわりつく倦怠感。


 まるで、魔力が第二の血液であるかのように、身体から抜け落ちていく感覚。


 魔法が使えない人間でさえ、魔力は持っている。

 それがどれほど微量であっても、確かに存在している。

 全部、姉さまが教えてくれたことだった。


 私はぼんやりと、しかし妙に冷静に、目の前で起きていた光景を見つめていた。


 繰り返し掘り返される地面。

 盛り上がり、崩れ、また均される。

 その下から飛び出してくる大ネズミ。


 誰が見ても単純な出来事。

 けれど、私はそこに「連続して起きている結果」を見ていた。


 魔法が、途切れずに繋がっている。


 魔法とは何か。

 自然と、頭の中で問いが浮かぶ。


 まず、何をしたいのか。


 押すのか。

 切るのか。

 吹き飛ばすのか。

 揺らすのか。


 次に魔術。


 構築とは設計図。

 その設計図を描くための筆が、詠唱や杖。

 他にも手段はあるけれど、一般的なのはそれだ。


 それらは回路になる。

 魔力を流すための、水路のようなもの。


 その中で調整するのは五つ。

 出力、範囲、方向、密度、持続時間。


 ここで初めて、魔力を流す。


 重要なのは量ではない。

 回路に対して適切な流量を流すこと。


 多すぎれば溢れ、暴走を起こす。

 少なければ不発、あるいは詠唱の遅延。

 私はそれを何度も経験した。

 泣きながら杖を握っていた私に、姉さまは何度も言い聞かせた。


「必要以上に経験しなさい」と。


 思い出すと、腕の奥が鈍く疼く。

 あの時の焼けるような痛みが、蘇る。


 私は小さく息を吐いた。


 最後はは指向性。

 前に押すのか。

 横に薙ぐのか。

 点で刺すのか。


 そこまで整って、ようやく魔法になる。

 結果として現れる。


 姉さまが昔、言っていた井戸水の話を思い出す。

 井戸の水が魔力。

 桶と水路が魔術。

 水路の先で形を変えて流れ出すものが魔法。



 どれか一つでも欠ければ、魔法は成立しない。


 魔力量は才能と資質。

 だが魔術は、技術と学問。


「魔力量が多いことは関係ない」


 姉さまの声が、頭の奥で静かに反芻される。




「お疲れ」


 不意に声をかけられ、私は現実に引き戻された。


 三人組のEランクパーティーの一人、弓を背負った青年だった。


「弓と魔法の援護、良かったよ。その場で会ったばかりなのに良い連携だった。また次会ったとき、よろしく頼むよ」


 ミアレが微笑み返す。


「こちらこそ、ありがとうございました。三人の連携のおかげで、私たちも集中しやすかったです」


 私はその横で、小さく頷くだけだった。


 彼は仲間と合流し、手を軽く振って去っていく。


 土の匂いだけが残った。



「リュシアちゃん、私たちも行こう?」


「はい」


 ミアレの背を追って歩き出す。

 柔らかな土を踏みしめる感触。

 泥がまとわりついて重い足を動かす。


 空はまだ明るく、昼下がりの光が水面に反射していた。


 ふと、私は振り返る。


 畔に座ったままの依頼主。

 まだ杖を握りしめ、静かに呼吸を整えている。


 あの人は、魔法の扱いがすごく上手い。


 それが、私の中で出た答えだった。


 口には出さなかった。

 ただ、胸の奥にしまい込む。


 魔力量ではない。

 派手な技でもない。


 流れを知っている人。



 私はまた前を向き、駆け出した。

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