魔法理論
先に音を上げたのは、依頼主側の人だった。
二人で交代しながら土を盛り上げていたが、やがて肩で息をし、畔に腰を下ろす。額には汗が滲み、握っていた杖の先がわずかに震えていた。
申し訳なさそうに、それでもどこか安堵した声で言う。
「今日はここまでにしようか。いやぁ、助かったよ。こちらからもギルドに報告しておくから、報酬はギルドで受け取ってくれ」
その人の顔色は、少し青白い。
魔力の枯渇。
それがどれほど身体に重くのしかかるか、私は知っている。
一度だけではない。
少なくとも、あの感覚を理解するために――姉さまに、無理やり体験させられたことがある。
視界が白くなり、立っているのか倒れているのかも分からなくなる。
血の気が引くような立ちくらみ。
全身にまとわりつく倦怠感。
まるで、魔力が第二の血液であるかのように、身体から抜け落ちていく感覚。
魔法が使えない人間でさえ、魔力は持っている。
それがどれほど微量であっても、確かに存在している。
全部、姉さまが教えてくれたことだった。
私はぼんやりと、しかし妙に冷静に、目の前で起きていた光景を見つめていた。
繰り返し掘り返される地面。
盛り上がり、崩れ、また均される。
その下から飛び出してくる大ネズミ。
誰が見ても単純な出来事。
けれど、私はそこに「連続して起きている結果」を見ていた。
魔法が、途切れずに繋がっている。
魔法とは何か。
自然と、頭の中で問いが浮かぶ。
まず、何をしたいのか。
押すのか。
切るのか。
吹き飛ばすのか。
揺らすのか。
次に魔術。
構築とは設計図。
その設計図を描くための筆が、詠唱や杖。
他にも手段はあるけれど、一般的なのはそれだ。
それらは回路になる。
魔力を流すための、水路のようなもの。
その中で調整するのは五つ。
出力、範囲、方向、密度、持続時間。
ここで初めて、魔力を流す。
重要なのは量ではない。
回路に対して適切な流量を流すこと。
多すぎれば溢れ、暴走を起こす。
少なければ不発、あるいは詠唱の遅延。
私はそれを何度も経験した。
泣きながら杖を握っていた私に、姉さまは何度も言い聞かせた。
「必要以上に経験しなさい」と。
思い出すと、腕の奥が鈍く疼く。
あの時の焼けるような痛みが、蘇る。
私は小さく息を吐いた。
最後はは指向性。
前に押すのか。
横に薙ぐのか。
点で刺すのか。
そこまで整って、ようやく魔法になる。
結果として現れる。
姉さまが昔、言っていた井戸水の話を思い出す。
井戸の水が魔力。
桶と水路が魔術。
水路の先で形を変えて流れ出すものが魔法。
どれか一つでも欠ければ、魔法は成立しない。
魔力量は才能と資質。
だが魔術は、技術と学問。
「魔力量が多いことは関係ない」
姉さまの声が、頭の奥で静かに反芻される。
「お疲れ」
不意に声をかけられ、私は現実に引き戻された。
三人組のEランクパーティーの一人、弓を背負った青年だった。
「弓と魔法の援護、良かったよ。その場で会ったばかりなのに良い連携だった。また次会ったとき、よろしく頼むよ」
ミアレが微笑み返す。
「こちらこそ、ありがとうございました。三人の連携のおかげで、私たちも集中しやすかったです」
私はその横で、小さく頷くだけだった。
彼は仲間と合流し、手を軽く振って去っていく。
土の匂いだけが残った。
「リュシアちゃん、私たちも行こう?」
「はい」
ミアレの背を追って歩き出す。
柔らかな土を踏みしめる感触。
泥がまとわりついて重い足を動かす。
空はまだ明るく、昼下がりの光が水面に反射していた。
ふと、私は振り返る。
畔に座ったままの依頼主。
まだ杖を握りしめ、静かに呼吸を整えている。
あの人は、魔法の扱いがすごく上手い。
それが、私の中で出た答えだった。
口には出さなかった。
ただ、胸の奥にしまい込む。
魔力量ではない。
派手な技でもない。
流れを知っている人。
私はまた前を向き、駆け出した。




