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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
10話
54/80

木の箱の音

 

 カランコロン。


 小さな木の鈴が、指先で揺れて軽い音を立てた。


 私は寝台に仰向けになり、両手でその箱を持ち上げていた。


 木目のざらりとした感触が指に馴染む。角は何度も撫でられたように丸く、削れた痕が指先に引っかかる。


 カラン。


 その音が、胸の奥に小さく落ちる。


 見れば見るほど、頬が緩む。


 ミアレがくれた箱。

 私への贈り物。


 ただの木箱なのに、なぜか胸の奥があたたかくなる。

 視線を落とすたび、あの時の声が思い出される。


 ――リュシアちゃんは強いよ。


 寝台の脇に畳んで置かれた革鎧を確認し、私は体を起こした。

 外していたポーチに手を伸ばし、硬貨の詰まった袋を取り出す。


 袋を逆さにする。


 ジャラジャラと音を立てて、硬貨が寝台の上に広がった。

 ランプの灯りを受けて、金色、銀色、銅色がきらめく。


 その中から金貨を一枚つまみ上げる。

 重み。

 冷たさ。

 硬い縁。


 箱の切れ目へそっと落とす。


 コトン。


 小さな音が、胸の奥まで響いた。

 なんだかそれだけで、今日一日が形になった気がした。


 紙を取り出し、縦線を一本引く。


 もう一枚。

 コトン。


 また一本。


 それを繰り返す。

 ただそれだけなのに、楽しくて仕方がない。

 ゆっくり、確かめるように、金貨を落としていく。


 コトン。

 コトン。

 コトン。


 次第に、音は変わっていく。

 一枚ずつの軽い音から、金属同士が触れ合う重たい響きへ。


 コト、コト、コト……。


 四十五枚。



 数え終えたとき、私は思わず息を吐いた。

 多いのか、少ないのかはわからない。

 ただ、「ある」という事実がそこにあった。


 箱を軽く揺らしてみる。

 カラカラ、と中で硬貨が踊る。


 残った銀貨と銅貨を指でなぞる。


 銀貨十九枚。

 銅貨五枚。


 先はまだ長い。

 目標には届かない。


 そう思うのに、不思議と焦りは小さかった。

 一昨日の私なら、きっと落ち着かなかったはずなのに。


 今日は違う。


 森での罠。

 弓の音。

 解体の手つき。

 銀貨の重み。

 ギルドの喧騒。

 そして、木の箱の音。


 冒険者がやっていること。

 当たり前のようにこなしていること。

 それを、私は少しずつ覚えている。


 硬貨を袋に戻し、口をきつく縛る。

 箱をサイドテーブルの引き出しへそっと滑り込ませた。


 木箱を持ち上げ、サイドテーブルの引き出しに入れる。

 鈴がまた、カランと鳴る。


 この箱がいっぱいになったら、あの杖を買える。

 そう思うと、明日が少しだけ近くなる気がした。


 再び寝台に横になる。

 天井を見つめ、杖を胸の上に乗せる。



 ミアレの手の温もりを思い出す。

 銀貨を包まれた時の、あの静かな安心感。


 明日は討伐にしよう。

 駆除。迷惑な魔物を倒せばいい。


 ホーンラビットのつぶらな瞳が、ふと脳裏をよぎる。

 胸の奥が、わずかに疼く。

 でも、それでも前へ進む。


 窓の外で風が鳴る。

 遠くで誰かが笑う声がする。

 宿の廊下を足音が過ぎていく。


 私は目を閉じる。


 木の鈴の音が、まだ耳の奥に残っていた。

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