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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
10話
52/80

赤い水面の向こう側

 


 残りの二体も、罠にはきちんとかかっていた。

 私とミアレは交互に手を出し、順番に仕留め、処理して、革袋へ収める。


 気づけば袋はずっしりと膨らみ、肩に掛けると重みが食い込んだ。


「ねぇ、ミアレさん、重たくない? 私も持つよ」


 そう言うと、ミアレは少しだけ振り返り、困ったように微笑む。


「平気だよ。道沿いに抜けたら、少し休もっか」


 軽い口調だったけれど、彼女の腕はほんのわずかに震えていた。

 それでも、私に渡そうとはしない。


 帰り道、引っかかっていない罠の場所にも寄る。

 ミアレは屈み、手早くツルをほどき、仕掛けを片付けていく。散らばったベリーナッツはそのままだ。


 私は一度だけ振り返った。


 そこは、ただの餌場になる。

 ホーンラビットにとって、危険のない場所。


 ――ごめんね。

 いっぱい、食べてね。


 そんな気持ちを、胸の奥からそっと置いて、私はミアレの背中を追った。


 道沿いへ抜ける手前、ふと視界に入る。

 最後に、私が仕掛けた罠。


 近づいて覗くと、何も変わっていなかった。

 ツルは綺麗な輪のまま、地面も荒れていない。


 安心したような、少しだけ残念なような。

 それでも、ほっと息が漏れる。


 膝をついてツルをほどき、ナッツを一か所に集める。

 食べやすいように手の届くところへ。


 これで、よし。


「リュシアちゃん、少し休んでてね。私、近くの小川でウサギさん綺麗にしてくるから」


 そう言って、ミアレは革袋を担いだまま小川の方へ向かっていった。


 気づけば、日は傾いている。

 空は赤く、雲の端が燃えているように染まっていた。


 吹き抜ける風が頬を撫で、鼻の奥に残っていた鉄の匂いをさらっていく。

 草の青さ、湿った土の匂い、そして微かに残る血の気配。


 そこでようやく、深く息ができた。


 幹に背を預け、ため息をひとつ。


 どうしても、思っていたのと違う。


 オークを倒して、その肉を食べた。

 だから、今回も同じようにできると思っていた。


 でも違う。

 こういうの――向いてないかもしれない。


 純粋に倒す。

 魔法をぶつけて、終わる。

 すぐに成果が見える依頼のほうがいい。


 弱い魔物じゃなくて、強い魔物。

 オークみたいに、木っ端微塵にならないくらいの相手。


 今のランクが、私に合ってない。

 きっと、それだけだ。


 杖を両手で持ち、意味もなく弧を描くように揺らす。


「……風よ」


 少しだけ魔力を通す。

 集まる気配。


 エアーブロー。


 地面に向けて放つ。


 ――ボンッ。


 小さく土が抉れ、乾いた音とともに土塊が跳ねる。

 その跡を、しばらくじっと見つめた。


 立ち上がる。

 ミアレの様子を、見に行こう。


 道沿いを下り、小川へ近づく。

 その先に広がる平原は、夕日に染まり、赤い波のように揺れていた。


 小川も、赤く反射している。


 ……赤い?


 違う。


 近づくにつれ、色は濃くなる。

 水の音だけが妙に近い。

 他の音が遠のく。


 水面に、赤い線。

 そこへ、柔らかく形を失った何かが流れていく


 喉が鳴る。


 川上を見ると、ミアレがいた。


 思い出す。

 オークの時、バルクとロニオがしていたこと。

 森オオカミの時、ミアレがしていたこと。


 ――解体。


 五つの生首が、草の上に転がっている。

 開かれた腹。

 流される内臓。


 ミアレは慣れた手つきで、ホーンラビットの首にナイフを食い込ませる。頭を掴み、折るように外すと、また一つ生首が増えた。


 胴体を開き、腸を掻き出し、小川の水で中を撫でるように洗う。


 パチャ、パチャ、と水の跳ねる音。


 後ろ姿のまま、額を拭う仕草。

 そのあと、こちらに気づく。


「リュシアちゃん、もう終わるから待ってて」


 声に覇気はない。

 疲れと、気の滅入りと、その両方が混ざっている。


 息を吸って、吐く。


 冒険者なら、みんなやること。

 これも、必要なこと。

 できて当たり前のこと。


 なら――必要なこと。


「私も、やりたいです」


 気づけば口にしていた。

 草を踏み、駆け下りる。


 ミアレは近づく私を、黙って見つめる。

 それから静かに口を開いた。


「私が見本に、この子を捌くから見ててね。次が最後の一匹だから、それをリュシアちゃんにお願いするね」


「はい」


 つぶらな瞳に、目がいく。

 そのたび、指が止まる。胸が、ずきりと痛む。


「……目は合わせちゃ駄目」


 ミアレはそう言って、首に刃を当てる。


 ダンッ。

 ブチッ。


 鈍く、生々しい音が、小川のせせらぎに重なった。

余談


「ねぇ、ミアレさん」


「なぁに?」


「ホーンラビットのお肉って、ナイフで削いで切り分けて食べるのが美味しいですか?」


「ふふっ。うーん。でも、食べられるところが少ないから、切り分けるのは少し難しいかな」


「え、じゃあ……そのまま焼いたり?」


「そう…だね。部位ごとに分けてもいいけど、冒険者といえばウサギの丸焼きかな」


「冒険者……してみたいです」


「また今度、次の楽しみだね」


「はいっ」

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