私の手で
二つ目、三つ目の罠を順番に回った。
同じ道を辿っているはずなのに最初よりも森の空気が濃く感じられる。
枝葉の匂い、湿った土の感触、足元で小さく折れる枯れ枝の音。
何も変わっていないはずなのに胸の内側だけが少しずつ重くなっていくのがわかった。
二匹目。
三匹目。
それから五匹目。
罠にかかったホーンラビットはどれも同じように暴れた跡を残していた。掘り返された土、散らばったベリーナッツ、擦り切れた草の根。
必死だったのだろうと嫌でも伝わってくる。
けれど、仕留めるのはいつもミアレだった。
弓を構え、短く息を整え、迷いなく放つ。
矢は外れない。
倒れた体へ近づき、ナイフを入れ、血を抜き、革袋へ収める。
手順に無駄はなく、動きは滑らかで、森の一部のように自然だった。
私はその隣で、ただ見ているだけだった。
出る幕がない――そう言ってしまえば簡単だった。
けれど本当は違う。
私の魔法では、ホーンラビットは原形を留めない。
森オオカミも、ゴブリンも、風を叩きつけた瞬間に砕け散った。
それをミアレも見ている。だから何も言わない。私も言わない。言う必要がないと思っていた。
思っていたのに、どうしてか、胸の奥が落ち着かなかった。
罠を仕掛けたのはミアレ。
捕まえたのもミアレ。
倒したのも、処理したのも、革袋に入れたのもミアレ。
私は横に立っているだけ。
手に持つ杖を、無意識に強く握っていた。
革の感触が指に食い込み、掌にじんとした痛みが残る。
それでも足は止まらない。
ミアレは次の罠へと進み、私は半歩後ろをついていく。
ご飯もくれる。
罠の作り方も教えてくれる。
森の歩き方も、獲物の扱いも、何もかも。
私よりずっと先を見ている気がした。
私より、ずっと――。
ミアレ一人で、全部片付いてしまう。
じゃあ、私は。
――私、必要?
呼吸が浅くなる。
胸の中で浮かんだ言葉に、自分で驚いた。
違う。違う。そうじゃない。
頭の中で何度も否定するのに、心の奥に小さな棘のように残る。
半歩前を歩くミアレの横顔が視界に入る。
髪が揺れ、耳元で光を弾く。
その穏やかな表情が、余計に胸をざわつかせた。
気づかないわけがない。
視線を向ければ、すぐに振り返る。
「リュシアちゃん?」
首をわずかに傾ける。
心配しているわけでも、急かすわけでもない、ただ様子を伺う声。
言葉が喉につかえた。
それでも、飲み込まずに押し出す。
「あの……私も、ホーンラビットを倒したいです」
歩みは止まらない。
草を踏む音だけが、一瞬、やけに大きく響いた。
沈黙は長くなかった。
ミアレはほんの少しだけ視線を落とし、それから前を向いたまま答える。
「いいよ。それじゃあ、リュシアちゃんにお願いしようかな」
軽い声だった。
当然のことのように、何の躊躇もなく。
「あ、弓は……使わないよね?」
「魔法を使います。私の、風魔法で」
言葉にすると、胸の奥で何かが少しだけ整う。
怖さも、不安も、残っている。けれど、それ以上に、自分の手でやりたいという気持ちが勝っていた。
ミアレはちらりとこちらを見て、目を細める。
「冗談。うん。リュシアちゃんのやりたいようにやって。私、見てるから」
その一言が、肩に乗っていた重さを少しだけ軽くした。
森は相変わらず静かだった。
葉が擦れ、風が通り抜け、遠くで小鳥が鳴く。
何も変わっていないはずなのに、足取りだけがわずかに変わる。
次の罠へ向かう道。
杖を握る手に力がこもっていた。




