夕焼けの帰路
陽は傾き、空はゆっくりと色を変えていく。
澄んだ青は橙に飲み込まれ、遠くの雲は燃えるように染まりながら静かに流れていた。
毎日訪れるはずの夕暮れなのに今日はどこか違って見える。
胸の奥に小さな熱が残っているからだろうか。風が頬を撫で、髪の先を揺らすたび、今日一日の出来事が頭の中で何度も反芻された。
背後で、ぱきり、と乾いた音がした。
振り返ると、灰になった焚き火をバルクが靴底で踏みつけている。
「それじゃあ、行くか」
「ああ、早くしないとギルドが閉まる」
ロニオが短く答える。
私は両手で包むように持っていた白湯の入った木のコップを飲み干した。
樹を削り出しただけの無骨な作り。
お椀にも見えなくはない形だが、手に馴染む温もりが心地よい。装飾も磨きもないそれが、かえって冒険者らしくて気に入っていた。
バルクに返すと、彼は顎で地面を指す。
「杖忘れんなよ。そこのオークの肉もな」
「はい」
返事をして荷を背負う。
小走りで二人に追いつき、横に並んだ。夕日の光が長い影を引き伸ばし、三人の歩幅を一つにする。
ロニオがふとこちらを見る。
「今日は助かった。いちばんの功労者はリュシア、君だ」
「だな。おかげでオークとまともにやり合わずに済んだ」
見上げると、二人とも真面目な顔をしていた。
胸の奥がくすぐったくなり、思わず杖をぎゅっと握りしめる。
「えへへ……」
誇らしい。
気持ちが口から零れ落ちる。
「私、強い、ですよね!」
言った瞬間、自分でも少し恥ずかしくなった。けれど止められなかった。心が軽く、浮き上がるようだったから。
「オークを一撃であそこまで追い込めるなら十分だ」
ロニオの言葉は淡々としているのに、重みがあった。
認められたのだ、と素直に思える。
「そーだよ。次も一緒に組もうぜ。依頼をやりまくって、金をガッポリ集めて贅沢しよう。それが一番だ」
バルクが笑う。
お金。
その言葉に、頭の奥で小さく鐘が鳴る。
私の杖を買わなければならない。今のままでは足りない。けれど、今日みたいに依頼をこなしていけば――きっと、取り戻せる。
「バルクが勝手に言ってるだけだ。気にするな。まだEランクだろ。DがEをこき使ってるなんて噂になったら面倒だ」
「そーだった。お前、まだEだったな。試験は筆記だけだから実感ねぇんだよ」
「まぁ、正直、ランク差があるかと言われるとな……」
「でも経験の差はあるだろ?」
二人は歩きながら話し込む。
私は自分の手を見た。ぐっと握り、開く。もう一度握る。
今日の私は、何でも倒せそうな気がしていた。強い。そう思える自分が嬉しかった。
街へ戻る頃には、空はすっかり夜の色に変わっていた。
それでもギルドの灯りはまだ消えていない。扉を開けると、酒と革と鉄の匂いが混じった空気が流れ込んできた。ロニオとバルクは顔見知りに軽く手を挙げ、受付へ向かう。
見渡したが、ミアレの姿はない。
少しだけ寂しくなりながら、私は二人の後ろに並んだ。
依頼書、討伐証、納品物が並べられる。
スライムの核の袋。ジャイアントバットの鼻の袋。オークの肉。
「今から確認しますね」
受付嬢は手袋をはめ、裏手へ持っていく。戻ってきた彼女は事務的に告げた。
「確認しました。報酬金は今お渡しします。オークの肉は依頼主に引き渡してから追加分がありますので、後日お越しください」
血のついた手袋を外し、新しいものに替える。その表情には、わずかな苦笑が浮かんでいた。
ジャイアントバットの鼻。確かに、好きな人はいないだろう。私だって嫌いだ。とても嫌いだ。
「オークの肉、綺麗だったろ? ちゃんと良い値で言ってくれよ。足元見たら次は質の悪いの持ってくるぞ」
バルクが冗談めかして言う。
「ギルドの信用に関わりますのでやめてくださいね」
受付嬢は微笑んだまま返す。
続けてロニオが言った。
「報酬は三等分でお願いします」
「はい」
そして、硬貨が並べられる。
銀貨九枚、銅貨五枚。手のひらに乗せると、ずしりとした重みが伝わった。実質、金貨一枚相当。
すごい。
思わず二人の顔を見る。
ロニオが余った銅貨を指で弾き、私の方へ滑らせた。
「功労者に、銅貨一枚多めだ」
「ありがとう」
それをポーチの中へ押し込む。
金属が触れ合う小さな音が、胸の奥で弾けた。
この調子で続ければ、きっとすぐに貯まる。
私の杖も、もっと先のものも。
私は踵を返し、軽い足取りで駆け出した。




