一撃の重さ
魔石を取り出し終えたあと、私は杖を握り直し、ダンジョンの奥へと視線を向けた。
音はない。
聞こえるのは、松明の火がはぜる小さな音と、私たち三人の足音、そして自分の呼吸だけだった。
松明と腰のランタンの明かりでは、闇の先までは届かない。
その奥に、私の放ったウインドブラストで吹き飛んだオークがいる。
戦っている間も、討伐証を剥ぎ取っている間も、あの巨体は姿を見せなかった。
倒したのか、逃げたのか。呻き声一つ聞こえなかった。
けれど私は、倒せていると確信していた。
ゴブリンも、スライムも、風の一撃で弾け飛び、即座に動かなくなった。あの魔法は、確実に命を断つ力がある。そう思っていた。
「後はオークの素材だ。奥へ進むか?」
ロニオが低い声で言う。
「そのために来てんだろ」
バルクが短く返し、私も小さく頷いた。
「さすがに一発でくたばるとは思えねぇ。弱って逃げてるなら、今がチャンスだ」
「だな」
三人で歩き出す。
足取りはゆっくりだ。風だけが先へ先へと流れていく。松明の炎が揺れ、その影が岩肌に伸び縮みする。
やがて、闇の中にぼんやりと横たわる巨体が見えた。
オークだ。間違いない。側には、弾け飛んだジャイアントバットだった肉塊も転がっている。
それを目にして、私は杖を握り直す。
「死んでるか?」
「いや……生きてる。息がある」
二人は声を潜めて確認する。
オークの荒い呼吸が、微かに漏れていた。腹部には異様な凹みと、黒ずんだ変色。私の魔法が直撃した跡だった。
「じゃ、とどめ刺すか」
「ああ」
ロニオが足でオークの頭をずらし、急所を晒す。
バルクがロングソードを握り、首筋へと切っ先を突き立てた。
音はほとんどしなかった。
剣は、まるで吸い込まれるように深く沈み込む。
次の瞬間、野太い断末魔が洞窟に響き、巨体がわずかに痙攣して、やがて動かなくなった。
バルクは肩に足をかけ、ゆっくりと剣を引き抜く。
刃から滴る血が、石床に落ちて小さな音を立てた。振り払われた血糊が弧を描き、闇に消える。
私は、その一連の流れをただ見ていた。
魔物を倒した。
ただ、それだけのこと。
「オークの素材って、どこですか?」
確認のつもりで尋ねると、バルクが肩越しに答えた。
「肉だよ、肉。大抵はな。グルメな奴は肝とか睾丸とか言うが……変わってるよな」
目が合う。
「それよりよ、リシュアだったか。お前、すげぇな。あの魔法一発でこれだぞ。見てたよな、ロニオ」
「ああ、見てた」
胸の奥が、ふわりと軽くなる。
認められた。私の強さを、誰かが見てくれていた。
「俺たちだけなら三十分はかかる。傷つけて、血を流させて、失血を待つ。オークの皮膚は分厚いから、ロングソードじゃ致命傷になりにくいんだ……だが一撃か」
ロニオはそう言いながら、ナイフを取り出す。
「あの、だったら……さっきみたいに突き刺せばいいんじゃないですか?」
斬ってだめなら、刺せばいい。
単純な疑問だった。
ロニオが吹き出す。
「くははっ、バルク。よかったな」
「うるせぇ。あの時はそれが早かったんだよ」
何の話かわからないまま、二人を見比べる。
「首に刺して、抜くとこ見てたか?」
「……?」
ただ、刺して抜いただけに見えた。
「刺したら、抜けなくなるんだよ。特にオークはな。筋肉が締め付けて、剣が噛まれる」
バルクが目線を落とし、ぼそりと言う。
「前それやって、剣が刺さったまま戦う羽目になったんだよな。死ぬかと思った」
「今なら笑い話だがな」
「笑えねぇっての」
軽口を叩きながらも、二人の手は止まらない。
「まぁいいや。そろそろ血も抜けた頃だろ」
床に置かれた松明が、赤々と揺れる。
二人はオークの皮を剥ぎ始め、洞窟に生暖かい血の匂いが広がっていく。
私は少し離れて、その様子を見ていた。
強い一撃だけでは終わらない。
倒すということは、斬ることでも、刺すことでもなく、その後の手間も含めて“仕事”なのだと、ようやく実感した。




