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弱い魔物



 バルクのロングソードが、迷いなく粘液の塊へと突き込まれた。


 一瞬、刃が沈み込んだように見え、次の瞬間、横へと大きく薙がれる。

 切っ先から緑色の飛沫が弧を描いて飛び散り、岩肌にべったりと張り付いた。


 ――けれど。


 それでも、粘液の塊は止まらなかった。


 切り裂かれたはずの部分が、ぬるりと歪み、時間をかけてゆっくりと塞がっていく。

 まるで傷という概念を知らない生き物のように。


「知らないか? こいつがスライムだよ」


 ロニオの声は落ち着いていた。

 説明する相手が、怯えていることも、驚いていることも、全部織り込み済みの声音だった。


 私は無意識に、杖を強く握り直していた。


 魔物だ。


 頭では分かっている。

 けれど、体はそれを脅威として認識している。


 ロニオは松明を高く掲げ、その炎をスライムへと近づけた。

 すると、粘液の塊はまるで嫌悪するように、ぐにゃりと形を歪ませ、後ずさる。


「動きは遅い。危険もそれほどじゃない」


 そう前置きしてから、続ける。


「ただし、触れ続けると溶解液で何でも溶かす。皮膚も、革も、運が悪けりゃ骨までな」


 喉がひくりと鳴った。


 それを聞いても、ロニオの表情は変わらない。


「それで、こいつの核を集めるのが今回の依頼だ」


 私は杖を片手に持ち替え、腰の依頼書に視線を落とす。

 薄暗いダンジョンの中では文字が滲んで見え、指でなぞってようやく読めた。


「……スライムの核が、10個」


 声に出すと、数字が急に現実味を帯びる。


「だな」


 バルクが短く答えた。

 次の瞬間、彼は再び剣を突き立て、今度は迷いなく中央部を抉る。


 粘液の奥に、赤く淡く光るものが見えた。

 剣先で器用に絡め取られ、取り出される。


 小さく、冷たい核。


 森オオカミから魔石を取り出した時の光景が、一瞬だけ脳裏をよぎった。


「まず一個目だ」


 ロニオがそれを受け取り、小袋に放り込む。

 布越しに、かすかな音がした。


「こいつらは体温や匂いに反応して落ちてくる。特に――」


 一瞬、私の方を見る。


「顔にな」


「……あんまり言いたくねぇが、そんな死に方だけはごめんだな」


 バルクが乾いた声で笑った。


 核を失ったスライムは、もはや形を保てず、どろりと広がっていく。

 水溜まりのように、そこに残るだけの存在。


 最初は、確かに怖かった。


 けれど、ゴブリンのように襲いかかってくることもない。

 群れを成すことも、叫び声を上げることもない。


 ――これは、弱い魔物。


 2人は余裕そうに、次の天井を見上げている。


 私は、遅れて同じように上を見た。


 暗闇の奥。

 松明の光が届かない場所。


 スライムの核を10個。


 袋の中には、今ひとつ。


 残り、9個。


 

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