闇は、上から落ちてくる
ダンジョンへ行く、という話だった。
地図は大まかで、街から少し離れた場所にあるらしい。
詳しい道順は彼らが知っている。だから私は、後ろをついていけばいい。
それだけのことだ。
歩きながら交わされる会話は、軽いものだった。
天気のこと、最近の依頼のこと、酒場の噂。
けれど私は、そこに踏み込めずにいた。
話を聞いてはいるけれど、相槌を打つタイミングが一拍遅れる。
歩く速さも、足音の間隔も、微妙に合っていない。
疎外されているわけじゃない。
でも、完全に並んでもいない。
そんな曖昧な距離のまま、視界の先にそれが見えた。
ダンジョンの入口。
大きな洞穴のように口を開け、奥は暗く、空気が冷たい。
外の光が、そこから先で吸い込まれていくようだった。
「広いな」
「夜になるとジャイアントバッドが飛び出すらしい。だから、こうなる」
二人の会話を背中越しに聞きながら、私は杖を両手で抱えた。
胸に引き寄せるようにして、入口へと続く下り坂を進む。
中は、すぐに暗くなった。
一人が松明に火を灯す。
揺れる炎が壁を照らし、影が大きく歪む。
私は腰のランタンに指を伸ばし、火を起こした。
控えめな光が足元を照らす。
「それ、ランタンだったのか?」
声をかけられて、私は少しだけ驚いた。
腰のそれを指で軽くつつくと、光が小さく揺れた。
「光、弱いけどな」
「はは、でも松明は手が塞がるからさ」
ロニオが気さくに笑う。
「いいの持ってるじゃん。大事にしろよ」
その言葉に、私は小さく頷いた。
褒められたようで、でもどこか借り物のような気分だった。
バルクがロングソードを抜き、先頭に立つ。
足取りは、外よりもずっと遅い。
ゴブリンのいたダンジョンとは違う。
ここは、広い。
空洞のように天井が高く、空気が流れているのが分かる。
見上げると、松明の光に照らされて、尖った岩肌がむき出しになっていた。
……何か、ある。
点のような影。
ただの岩か、それとも――。
その瞬間だった。
足元から、
チュー
という、甲高い鳴き声がした。
「キャ!」
思わず跳ねた。
心臓が喉までせり上がり、冷や汗が背中を流れる。
慌てて一歩、後ずさる。
見えたのは、小さな影。
ネズミ。
小鼠。
ただの、小鼠。
――なんだ。
そう思った瞬間、自分がひどく情けなくなった。
こんなものに驚くなんて。
私の声に、二人が振り返って駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「何があった?」
「……だ、大丈夫です。その……ネズミに、驚いて……」
言い訳のような言葉だった。
息を整えようとした、そのとき。
ボトリ
何かが、落ちてきた。
次の瞬間、
ビチャリ
と、顔に冷たい水滴がかかる。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
反射的に袖で顔を拭い、手に残ったものを見る。
ぬるり、とした感触。
冷たく、粘つく。
緑色の――粘液。
塊。
それは、地面で形を崩しながら、
さっきのネズミを、ゆっくりと包み込んでいた。
取り込まれる、小さな影。
……あ。
理解が追いついたとき、
喉の奥が、ひくりと鳴った。
ネズミなんて、どうでもよかった。
本当に怖いものは、最初から、上にいた。




