握った手は、掴めない
慣れない街を、私はミアレと付かず離れず並んで歩いていた。
石畳を踏みしめる足音。
人々の話し声と呼び込みの声が重なり合う、落ち着かない喧騒。
「ほら、はぐれちゃう。手、つなご?」
そう言って、ミアレは何のためらいもなく私の手を取った。
一瞬だけ迷ってから、指を絡める。
人の体温が、思ったよりもはっきり伝わってくる。
大通りに面した魔道具店。
「人目がある場所なら、まずここだと思う」と彼女は言った。
磨かれた木枠の扉。
大きなガラス窓。
中がよく見える、堂々とした店構え。
以前訪れた、あのおばあさんの魔道具屋――
埃と時間の匂いが染みついた、あの小さな店とはまるで違う。
「私、魔道具店って初めて」
ミアレは少しだけ弾んだ声でそう言い、先に中へ入る。
白木の杖。
水晶に噛みつく蛇を象ったもの。
過剰な装飾の杖が、整然と並んでいた。
視線を流しながら、私は店員の男性に近づく。
探しているのは、片手杖。
短く、扱いやすく、宝石の位置まで覚えている一本。
「この形の杖を探しているんですが」
店員は顎に手を当て、少し考えてから首を振った。
「悪いが、うちでは見てないな」
短く、はっきりとした答えだった。
期待が入る余地すらない。
二件目。
三件目。
結果は同じ。
ギルドで騒ぎになったという話も、ほとんど知られていない。
似た形の杖はある。けれど、どれも違う。
――これは、私のじゃない。
そう思うたび、胸の奥が冷えていく。
最後に辿り着いたのは、
冒険者ギルドの隣にある、ギルド系列の魔道具店だった。
扉を開けた瞬間。
――あ。
呼吸が止まった。
壁に飾られている。
装飾、宝石、柄の長さ。
間違えようがない。
あれは、私の杖だ。
一瞬、胸の奥が熱くなる。
見つけた。
ちゃんと、ここにあった。
けれど、その視線が自然と下に落ちた。
値札。
─大金貨七枚─
数字が、感情を切り離す。
ミアレが小さく息を呑んだ。
「……すごい値段」
それは、
欲しいではなく
届かないものを見た反応だった。
今すぐ取り返したい。
そう思って、私は背伸びをして手を伸ばす。
指先が、空を掴む。
届かなかった。
たったそれだけのことで、胸が締めつけられた。
「あの……これ、ください」
声をかけると、店員は私を見下ろす。
「お嬢ちゃん」
その呼び方だけで、少しだけ背筋が固くなる。
「大金貨七枚だぞ。持ち合わせはあるのか?」
私はポーチから小袋を取り出し、差し出した。
「……これで、足りますか」
店員は袋を受け取り、中身を数え始める。
ちゃりん。
ちゃりん。
金貨が重ねられる音が、やけに大きく響く。
私とミアレは、黙ってそれを見ていた。
やがて店員は顔を上げた。
「銀貨も含めて、金貨四十六枚分だな」
一瞬の間。
「……残念だけど、足りない」
あっさりとした声。
あ。
喉まで言葉が上がってきて、そこで止まる。
それは、私のです。
返してください。
そう言えたら、どんなによかっただろう。
でも、言えなかった。
あれは、私が使うはずだった杖で。
これから、冒険者として歩いていくためのもので。
当然のように、私の手にあるべきものだった。
なのに。
整理のつかない感情が、胸の中で絡まり合う。
目の前にある。
確かに、そこにある。
それなのに、掴めない。
今、手にしている代わりの杖を、私は強く握りしめた。
――つまり。
あれは、もう私のものではない。
店員が金貨を袋へ戻す。
私はそれを、奪うように掴み取り、踵を返した。
「リュシアちゃん!」
ミアレの声が聞こえる。
それでも、振り返らなかった。
この気持ちを。
この顔を。
誰かに見られるのが、
どうしようもなく、怖かった。




