それは、最初から足元にあった
ダンジョンの前に立つ。
ここだ。
この入口は、前に見たときと何も変わらない。
薄暗く、ひんやりとした空気が、奥から静かに流れ出している。
「……ここが、杖を無くしたダンジョン?」
森オオカミの素材を詰め込んだ荷を背負ったミレアが、確認するように聞いてくる。
「うん」
短く答える。
ミレアは、どうやらダンジョンは初めてみたいだった。
かくいう私も、ほんの数日前に入ったのが初めてだったけれど。
相手はどうせ、ゴブリン程度の弱い魔物。
苦戦なんて、するわけがない。
前のときは、たまたまああなっただけ。
油断しただけ。準備が足りなかっただけ。
平気だ。
私の魔法で木っ端微塵にして、他のゴブリンを怖がらせればいい。
ミレアの弓だって、百発百中なんだから。
一歩、踏み出そうとした――その時。
ダンジョンの奥から、足音が聞こえた。
それに、複数の人の声。
「……誰か、いるみたい」
ミレアが小さく呟く。
やがて姿を現したのは、三人組の冒険者だった。
男一人、女二人。
二人は剣を携え、残りの一人は杖を持っている。
男がこちらに気づき、軽く手を上げた。
「よぉ。残念だったな。ここにはもう、何もいねぇよ。一足遅かったな」
そう言って、ロングソードを鞘に納める。
「あ、試験の子だよ」
魔法使いのお姉さんが、私を指差した。
二人が「ああ」と声を揃えて頷く。
胸が、ドキンと跳ねた。
緊張と、少しの嬉しさ。
思わず背筋を伸ばし、手の中の杖をぎゅっと握りしめる。
「俺も誘おうと思ったんだけどさ。
報酬をこれ以上分割するの、正直キツくてな」
リーダーらしいそのお兄さんは、肩をすくめてため息をついた。
「私が、もっと強い魔法使えたらね〜」
「そんなこと、言ってないだろ」
「え〜? そんなふうに聞こえましたけど〜?」
魔法使いのお姉さんが、冗談めかして誂う。
剣を携えたもう一人のお姉さんが、二人を見てから、私たちに向き直った。
「……コホン。というわけで、このダンジョンは空っぽよ。入るだけ、損だから」
「え……?」
胸の奥を、不安がよぎる。
ミレアが一歩前に出た。
「このダンジョンで、杖とか見てませんか?」
私の杖が、このダンジョンで無くなって……。
三人は顔を見合わせ、思い当たることを探すように視線を泳がせる。
「杖、か……」
お兄さんが呟くと、魔法使いのお姉さんが、恐る恐る口を開いた。
「この間、騒ぎになってた……えっと。
大金貨2枚のやつって、どんなのだったっけ?」
それを聞いて、残りの二人が答える。
「杖じゃなかったかしら?」
「そうそう。近場のダンジョンから見つかったって話でさ。俺たちも便乗したんだけど、さっぱりだったなぁ」
「お零れなんて、うまい話、ないわよね」
その言葉を聞いて、ミレアは一礼した。
「……お話、ありがとうございました」
三人はそれ以上何も言わず、森の方へ去っていった。
残されたのは、ダンジョンの前の静けさと、胸に残る違和感。
ミレアは、少し深刻そうな顔で考え込んでいる。
なぜ、そんな表情をしているのか。
私には、分からなかった。
このダンジョンに、私の杖があった。
それは、確かだ。
「リュシアちゃん」
名前を呼ばれる。
「……あのね。とても言いにくいんだけど」
一拍、間があった。
「たぶん、気づいてなさそうだから……言うね」
胸が、嫌な予感で締め付けられる。
「リュシアちゃんの身に付けてるものって、他の人より、ちゃんとした装備だと思うの」
え?
「みんな、お古とか、お下がりとか、廉価品を使ってる。でも、リュシアちゃんの装備は新品で、綻び一つなくて……ナイフの鞘にも紋様があって、ポーチもそう」
何の話をしているのか、分からなかった。
みんな冒険者の格好をしている。
私も、その一人だ。
同じように装備を身につけて、同じ場所に立っているのに。
ミレアは、静かに続ける。
「だからね……杖だけ。杖だけが、少し浮いて見えるの」
息が、止まる。
「さっきの大金貨2枚の話が、もし杖のことだったとしたら……」
一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せて。
「リュシアちゃんの杖は、誰かに拾われて……その……言いにくいんだけど」
そして、はっきりと。
「売られちゃった、かもしれない」
「……え?」
声が、掠れる。
「どういう、こと……?」
頭が、うまく追いつかない。
私の杖は。
私が、魔法使いだって証明するものは。
――最初から。
この世界では、それは価値ある物だった。
私は、冒険者を知らなかった。




