踏み出した森で
ピジュン。
風を切り裂く、鋭い音。
視線を向けるよりも早く、矢は一直線に飛び――
トスッ。
鈍い感触とともに、森オオカミの後脚に深く突き刺さった。
「当たった!」
ミレアの声が弾む。
突然の痛みに悲鳴を上げたオオカミは、体勢を崩して地面を転げ回る。周囲を囲んでいた仲間たちは、一瞬だけこちらを振り返り、次の瞬間には一斉に森の奥へと散っていった。
逃げる音が、枝葉を揺らしながら遠ざかっていく。
……行った。
私は胸の奥に溜めていた息を、ようやく吐き出した。
こんなことになっている理由を、頭の片隅で思い出す。
本当は――
私は、杖を探さなくちゃいけない。
それなのに。
今は、そのことを考える余裕すらなかった。
手の中にある、木製の長杖をぎゅっと握りしめる。
これは仮の物だ。私のものじゃない。それでも、今の私には必要な拠り所だった。
そう、ギルドを出てから。
私が事情を話したあと、ミレアが少し言いづらそうに切り出したのだ。
――実は、依頼を一つ受けちゃってて。
「……え?」
正直、その時は騙されたと思った。
森オオカミ六頭の討伐。
家畜被害が出ているための緊急依頼。
報酬は、銀貨五枚。
聞いた瞬間、胸の奥がもやっとした。
私は今、そんなことをしている場合じゃないのに。
でも。
森に足を踏み入れてからは、不思議とその気持ちは薄れていた。
ミレアが、ずっと声をかけてくれるから。
「今の狙い、すごくよかったよ」
「さっきの判断、正解だったと思う」
一つ一つは小さな言葉なのに、それが積み重なるたび、胸の奥が温かくなる。
だから、囲まれた時。
咄嗟に放ったウインドブラストが、森オオカミの一体を文字通り吹き飛ばしてしまった時も――
自分でも驚くほど、躊躇はなかった。
爆風に巻き込まれ、肉片となった仲間を見て、オオカミたちは一目散に逃げ出した。
そして、今に至る。
倒れている一匹のオオカミを前に、ミレアは弓を引き絞る。
狙いは喉元。
迷いのない射撃。
矢が放たれ、短い唸り声が一度だけ響き――それで終わった。
森は、静かになった。
「これで四匹目だね」
ミレアは弓を下ろし、逃げていった方向を確認してから振り返る。
「さすがにもう、追っては来ないと思う」
そう言って、ほっとしたように微笑んだ。
私は、ようやく緊張が解けた気がした。
「もう……すごかったよ。
まさか、オオカミを木っ端微塵にしちゃうなんて」
くすっと、ミレアが笑う。
「ご、ごめん……!
あんなつもりじゃなかったのに」
張り切りすぎた、というより。
……きっと、見せたかったのだと思う。
ミレアは慣れた手つきでナイフを取り出し、オオカミの尾を切り取る。
それが、討伐の証。
六本集めてギルドに提出すれば、依頼達成になる。
講習で学んだ内容が、頭の中でよみがえる。
――魔物の体内には魔石がある。
――回収すれば、追加報酬が出る。
「……これが、冒険者なんだ」
思わず、口をついて出た。
私は杖の先をオオカミの体にそっと当て、魔力の反応を探る。
微かな違和感。けれど、はっきりとは分からない。
「……たぶん、この辺」
自信なさげに言うと、ミレアは迷いなくナイフを入れた。
返り血を避け、指先で小さな石を取り出す。
「四つめ!」
嬉しそうな声。
その表情を見て、私までつられて笑ってしまった。
皮も、肉も、無駄にはしない。
そう言いながら、手際よく処理を進めるミレアを見て、私はただ感心するばかりだった。
それから、残りの二頭も。
森を回り、気配を読み、隠れながら近づいて。
一体ずつ、確実に仕留めた。
気づけば、太陽は西へ傾き、木々の影が長く伸びていた。
疲れているはずなのに、不思議と心は軽かった。
杖は、まだ見つかっていない。
問題は、何一つ解決していない。
それでも。
――私は今、冒険の中にいる。
ミレアと二人で。
その事実だけが、確かに胸の中に残っていた。




