冒険者証
軽やかに跳ねる足取りは、そのまま街の外へと向かっていた。
石畳が途切れ、土の道へと変わる。
リュシアは、歩調を緩めない。
城門の前に立つ門兵が、こちらを見た。
「……冒険者、か?」
問いに答える代わりに、リュシアは胸元から一枚の金属板を引き抜いた。
まだ傷一つない、薄い光を帯びた証。
「今日からです!」
少し誇らしげに、そう言って掲げる。
門兵の視線が、証に落ちる。
その眉が、わずかに寄った。
「おい、待て。それは――」
だが、リュシアは止まらなかった。
風の氏族の家訓は、彼女の背を押す。
言ったならやる。
思ったなら、動く。
呼び止める声が背後で重なった気がしたが、振り返らない。
止まる理由が、彼女にはなかった。
――ダンジョン。
その言葉が胸の内で弾む。
探検。
冒険。
魔物退治。
物語の中で、何度も見た光景。
兄や姉が、当たり前のように語っていた世界。
それが、今日から自分のものになる。
「……始まったんだ」
そう呟いて、森へ足を踏み入れた。
空気が、ひんやりと変わる。
湿った土の匂い。
木々に遮られた陽光。
しばらく走ってから、ようやく立ち止まり、息を整えた。
「……はぁ、……はぁ……」
額に浮かんだ汗を、手の甲で拭う。
周囲を見渡す。
洞穴。
洞窟。
遺跡の入り口。
どれも、まだ見えない。
リュシアは腰のポーチに手を伸ばし、短い杖を取り出した。
白木に施された繊細な装飾。
先端には、小さな魔石が嵌め込まれている。
実戦よりも、どこか“贈り物”めいた杖。
それでも、彼女はそれを握りしめた。
一歩。
また一歩。
枝を踏み割る音が、やけに大きく響く。
枯れ草が潰れ、衣擦れの音が重なる。
――そして。
「……あ」
木々の隙間に、闇が口を開けていた。
自然に穿たれた岩肌の洞穴。
周囲の草は踏み荒らされ、奥から冷たい空気が流れ出している。
間違いない。
ダンジョンだ。
胸の奥が、ひくりと冷えた。
ほんの一瞬だけ。
それは、これまで知らなかった感覚だった。
けれど、リュシアはそれを振り払う。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく、そう言って。
一歩、闇へ踏み出す。
彼女はまだ知らない。
あの受付嬢が差し出した銀貨の意味を。
門兵の声が、なぜ必死だったのかを。
それが、彼女の冒険の始まりだった。




