証を胸に
その後は、講習だった。
試験会場とは打って変わって、ギルドの室内は静かで、どこか現実の匂いがした。木の机と椅子が整然と並び、私たちは二つのグループに分けられて席に着く。
私はミレアの隣だった。
彼女は相変わらず明るくて、時折こちらを見ては「さっきの魔法、ほんとすごかったね」と小声で言ってくる。そのたびに胸の奥が、少しだけ温かくなる。
……でも。
それとは別に、私は気づいていた。
視線だ。
ちらり、ちらりと向けられる、評価と警戒と、ほんの少しの羨望が混じった視線。さっきの試験で見せた魔法の余波が、まだ消えていない。
悪い気はしなかった。
むしろ、少し心地いいとさえ思ってしまった。
――冒険者として、見られている。
ギルド職員が前に立ち、淡々と語り始める。
「では、講習を始めます」
淡々とした声。けれど、内容は現実的だった。
「冒険者ランクは、最高がS、最低がEです。モンスターにも同様にランクが設定されています」
大ネズミはE。
ゴブリンはD。
トロールはC。
オーガはB。
黒板に書かれる文字を、私は一つひとつ目で追った。
「これはあくまで、単体、もしくは少数の場合の話です。群れになれば、危険度は一段階上がる」
職員の声は落ち着いていて、感情がない。
それが逆に、現実を突きつけてくる。
「よく周囲を見なさい。逃げることは、生き延びるための選択です。失敗も撤退も、恥ではありません」
……逃げる。
その言葉が、胸のどこかに引っかかった。
「何が起きても、自己責任です。準備、装備、対策を怠らないこと」
ポーションの使い方。
毒を持つ魔物の特徴。
剣と杖の扱い。
冒険者同士のトラブル。
講習は長く、淡々と続いた。
それでも私は、期待を胸に、それらを聞いていた。
怖さよりも、先に進めることへの高揚の方が勝っていた。
最後に職員は言った。
「この地区周辺に出没する魔物は、ランクCまでです。比較的、安全な地域だと言えるでしょう」
その言葉に、室内の空気が少し緩む。
講習が終わり、皆が席を立ち、体を伸ばす。
その日は、それで終わりだった。
――数日後。
私はギルドの受付で、冒険者証を受け取った。
名前を確認し、署名をして、差し出されたそれは、思っていたよりもずっと小さくて、それでも眩しかった。
光を受けて、きらりと輝く金属。
「……やったぁ」
思わず声が漏れる。
これが、私の冒険者の証。
夢じゃない。現実だ。
受付のお姉さんが、くすりと微笑んだ。
私は紐を通し、首にかけ、レザー装備の内側へと大事にしまい込む。
そして、そのままギルドを飛び出した。
目指すのは、あのダンジョン。
――自分の杖を探すために。
迷宮の中は、妙に静かだった。
ゴブリンの姿は、ほとんどなかった。
残っているのは、折れた木片と、乾いた土、迷宮の冷たい床。
必死に探しても、どこにも見当たらない。
……ない。
私の杖は、どこにもなかった。
胸の奥で、小さな不安が芽生える。
冒険者になるために必要なもの。
私は、空になった手を、ぎゅっと握りしめた。




