風を信じる前触れ
昼前になる頃には、冒険者ギルドの中は人でごった返していた。
朝の静けさが嘘のようだ。
鎧の擦れる音、革靴の足音、話し声が重なり合い、空気がざわついている。
その頃には、到着した順に受付嬢から声がかかり、試験会場へ移動するよう案内が始まっていた。
連れられた先は、ギルド裏手の広場だった。
開けた空間の中央には、打ち込み用の丸太を模した模型がいくつも設置されている。
剣痕や焦げ跡が残り、これまでに何度も使われてきたことが一目で分かった。
集まった人数は四十……いや、五十人近い。
若い人もいれば、私よりずっと年上の人もいる。
鎧を着慣れた者、道具だけが新しい者。
そして、私と同じくらいの年齢の女の子の姿もちらほら見えた。
もうすぐ始まる。
そう思うだけで、胸の奥がそわそわと落ち着かない。
「ねぇ、君」
不意に声をかけられて、肩がわずかに跳ねた。
誰だろう、と内心思いながら振り向く。
「私はミレア。君は?」
にこりと笑う、同い年くらいの女の子だった。
「あ、私は……リュシア」
彼女の視線が、私の手元に向く。
「おっきな杖ね。魔法使いなの?」
「う、うん」
「すご〜い。なんだか様になってるね。魔法使いってローブのイメージがあるけど、その格好のほうが冒険者って感じがする」
ドクン、と鼓動が跳ねた。
冒険者。
冒険者って、言ってくれた。
「え……ほんと? あ、えへ……ありがとう」
褒められた嬉しさで、思わず杖を両手でぎゅっと握りしめる。
彼女は髪を束ね、腰には矢筒。背には弓を背負っていた。
弓を使う人。
弦を引き、矢を放つ――想像しても、うまく当たる気がしない。
私は魔法が得意。
だから、この子は弓が得意なんだ。
「ねぇ、どんな魔法使うの? 炎でドーンとか、氷で串刺しとか?」
私は首を横に振った。
「風魔法だけ。炎とか氷は全然だめ。でも……風だけは自信あるの」
風は、逃げる相手には強い。
それにゴブリン相手には、十分すぎるほどだった。
「風?」
彼女は少し考え、「へぇ……」とポツリ呟いた。
少し含みを持たせたような声。
でも、私は迷わなかった。
全身全霊をもって、この試験に挑む。
試験官だって、分かってくれるはずだ。
私が、冒険者に必要な存在だって。
「一緒に合格して、冒険者になろうね」
ミレアはそう言って、笑った。
その言葉を、私は胸にしまい込む。




