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仮の杖、それでも握る理由



 それでも、杖は必要だった。


 魔法使いにとって、魔法を扱うという行為は、素手で掴めるものじゃない。

 詠唱を整え、魔力を束ね、形にするための触媒――それが杖だ。


 あるのとないのとでは、魔法の扱いは劇的に変わる。


 ましてや、試験が控えている今、杖なしの魔法使いなど論外だ。



 何より、武器を持たない冒険者なんて――

 格好が、つかない。


 だから私は、魔道具の専門店に来ていた。


 あの日は、随分と落ち込んだ。

 思っていた以上に、酷く。


 胸の奥に空いた穴を、どうしていいか分からず、ただ時間が過ぎるのを待っていた。


 けれど翌朝、目を覚ました時。

 足の痛みも、後頭部の鈍い違和感も、嘘みたいに消えていた。


「……すごい」


 あのポーション。

 本物だった。


 体を起こした時の軽さに、思わず笑ってしまった。

 確かな感覚が、嬉しくて仕方なかった。


 朝食の席で、おばさんに街の話を聞いた。

 地理に疎い私に、あれこれ教えてくれるのがありがたかった。


 そうして辿り着いたのが、この店だ。


 店構えは、正直言って陰気だった。

 古い木の扉。くすんだ看板。

 大通りに並ぶ、華やかな商店とはまるで違う。


 でも、冒険者ギルドで見かけた魔法使いたちは、長杖を手にしていた。

 ああいうものを使うのが、冒険者なんだ。


 少しの間、使うだけ。

 ずっとは使わない。


 ――私には、本当の杖があるから。


 店内は広くない。

 奥には、皺だらけのおばあさんが腰掛けていた。


「いらっしゃい」


 しわがれた声。


「杖が欲しいんです。冒険者に見られるものであれば、なんでも」


「冒険者かい? 初めてかい。……ちょっと待っててな」


 ヨタヨタと、覚束ない足取りで奥へ向かう。


 その間、店内を見渡す。

 杖、指輪、護符。

 どれも少し古く、誰かの手を渡ってきたような痕跡があった。


 やがて差し出された一本の杖。


 長く、素朴で、装飾も少ない。


 両手で受け取り、ぎゅっと握る。

 手に馴染む感触。


「新人さんなら、それくらいがいい」


「実力がついてから、良いものを揃えりゃいいさ」


「……これにします」


「銀貨三枚だよ」


 番台で会計を済ませる。

 金貨一枚を差し出し、軽い音を立ててお釣りが返ってくる。


「頑張ってね」


 店を出る時、おばあさんはそう言ってくれた。


 新しく手にした杖を、私は大切そうに抱えた。

 そして、少しだけ掲げる。


 冒険者に必要なものが、私のものになる。

 私物になる。


 それだけで、胸の中の曇りが、少し晴れた気がした。

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