失われた杖
私はほとんど駆け足で部屋に戻った。
扉を閉め、背を預けるように息を吐く。胸の奥が、まだ少し高鳴っていた。
冒険者の持ち物。
その言葉を頭の中で反芻しながら、ベッドに腰掛ける。
手の中にあるのは小瓶。中で揺れるポーションが、ランプの光を受けて淡く反射していた。
ガラス越しに映る自分の顔は、どう見ても浮かれている。
自覚して、少し恥ずかしくなった。
蓋をひねる。
栓が外れる軽い音。
口をつけて、傾けた。
ごく……ごく……。
どろりとした感触が舌に絡みつき、次の瞬間、言葉にしがたい苦味が口いっぱいに広がった。
「……うっ」
思わず声が漏れる。
まずい。
とてもまずい。
気付け薬みたいな、不自然な苦さ。
でも、回復薬なんだから、薬に決まっている。
そう言い聞かせて、残りを一気に飲み干した。
喉を通るたびに、顔が歪む。
なのに、不思議だった。
気分は悪くならない。むしろ、体の奥からじんわりと温かさが広がってくる。
「……効いてる、のかな」
そう呟き、息を整える。
残りのポーションをポーチに収めようとした、その時だった。
――あれ?
指が止まる。
いつもより、空間がある。
ポーチの中が、妙に軽い。
嫌な予感が、背中をなぞった。
慌ててサイドテーブルを見る。
ない。
ベッドの上、床、壁際。
ない。
自分の体を、何度も確かめる。腰、脚、背中。
「……あぁ」
喉が詰まった。
ない。
――杖が、ない。
親に見送られる時に贈られた、大切な杖。
ずっと側にあったはずのもの。
「どうして……」
頭が白くなる。
錯覚だった? 部屋に置いたと思っていただけ?
必死に記憶を辿る。
宿に来た時点では……持ってなかった。
ここへ来る道中も、ない。
じゃあ、冒険者ギルド?
違う。そこでも持っていなかった。
もっと前――
「……!」
思い出した。
Dランクのおじさんに助けられた、あの時だ。
「ダンジョン……」
そうだ。
間違いない。あの中だ。
胸がきゅっと締めつけられる。
取りに戻る?
でも、今ダンジョンに戻ったら、試験は無効になる。登録も取り消される。
それは、嫌だ。
しばらく、ベッドの上で膝を抱えたまま動けなかった。
――でも。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせる。
試験が終わって、正式な冒険者になってから行けばいい。
そうすれば、堂々と取り戻せる。
失くしたわけじゃない。
置いてきただけだ。
そう思わないと、胸の奥がざわついて仕方なかった。
私は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
順番を間違えない。
今は、前に進む。
そう決めて、ポーチの口をきゅっと閉じた。




