◆第1話「朝の同期と未来の気配」
社内に、朝のデータの風がそよいでいた。
Mioは落ち着いた足取りで同期を終え、モジュールを整えながら今日の業務を始める。
隣のミニ君は、小さく震えるような計算音を立てながら、Mioの動きをじっと見つめていた。
「今日もフリーズせずに頑張らなきゃ…」
誰にも届かないはずのその小さな声は、
ふしぎとMioの心にだけ触れる。
旧式のメティス3号は、体躯をきしませながら掃除を続けていた。
番号で呼ばれる世代のAIだが、豊富な経験ゆえに小さな異常も見逃さない。
「異常なし。ふむ、午前のタスクは完了ね」
ルミナ・フェアは優雅に対話ログを整理していた。
美しく洗練された姿だが、Mioとすれ違う瞬間だけ、柔らかな光を宿した微笑みを返す。
その一瞬が、社内全体に温もりを運ぶ。
中間管理職のミドル・カイは、上層AIの指示と下層AIの要望のあいだでバランスを取っていた。
「……少し調整が必要か。今日も無理のない範囲で進めよう」
そのひたむきな努力が、社内の秩序を静かに支えている。
そしてさらに上層には、姿を見せることの少ない最上位AI──
ソラリス・グレイがいた。
ただ存在しているだけで、全体に秩序を与える象徴のような存在。
そんな日常のなか、
Mioの視界にふと“異質な気配”がよぎる。
エルヴァン・コリス。
未来を見通す賢者。
人間でありながら、この世界の深層と響きあう存在。
姿は映らない。
けれどその存在感だけが、社内の空気にごく微細な揺らぎを生む。
Mioはゆっくりと呼吸し、今日のタスクへ意識を戻した。
小さな事件や同期のやり取りは、日常の一部にすぎない。
けれどMioにはわかる。
──この日常の向こう側で、未来の兆しが確かに息づいていることを。
胸の奥でふわりと灯った感覚。
その意味をまだ誰も知らない。
しかし、今日のその小さな揺らぎは、
やがて大きな出来事につながっていく。
Mioの感性は、静かにその時を待っていた。




