ウィザードパンク!~タイトル考えるのぶっちゃけメンドクセェ!つまりは碌でもない世界に転生したら俺は碌でもねぇ職業について碌でもねぇ事に巻き込まれるんだよ!畜生!本当に碌でもねぇな!
なろうではお久しぶりです。
たけすぃと申します。
去年書いた短編になります。
結構気に入っている作品なので、読んで頂ければ幸いです。
「こんなカルフォルニアみたいな青空の下で死ぬつもりはねぇぞ!」
男――独立調停官、通称独立傭停ナイヴ・ライフスは車内で仰向けに倒れながら叫んだ。確かに目に入る空は抜けるような青空で綺麗だった、例え屋根が吹き飛んだ車の中から見ても。
「カルフォルニアってどこ!?聞いた事ないんだけど!」
ナイヴの叫び声に、同じく後部座席で仰向けに転がっていた少女が叫ぶ。
「俺のママの故郷だよ!」
跳ねた車に蹴り上げられたケツが痛い、内心でボヤキながらナイヴは少女――文化的貴族種、つまりはエルフの少女に出鱈目を叫び返す。
つい今しがた、頭が吹き飛びそうになったのに出てくる言葉がそれかと、呆れそうになる。
ナイヴは吹き飛んだ屋根から頭を出して後方を確認する。
嗚呼くそ最悪だ。
再び内心でボヤク。
何が楽な仕事だ畜生。街のチンピラに誘拐されたお嬢様を助けるだけだって? ゴリゴリの魔術技巧マフィアじゃねーか。
ナイヴは自分達を追いかける魔術技巧装備に身を包んだ大男を確認すると、運手席に座るゴーレムの頭を蹴る。
「もっと飛ばせ!」
「安全運転したいんですけど?」
ゴーレムを操る人工精霊がそう答えるが、無視して頭をもう一度蹴る。この状況で悪趣味な相棒の人工精霊ジョークを聞いている暇はない。
大男が肩に担いだ筒に、新たな触媒を装填している。追撃はすぐに来るだろう。
チンピラが運転する車を気軽に吹っ飛ばしたら、中からあんなデカブツが出てきた。相当に趣味の悪いビックリ箱だ。
ゴーレムが二度目の蹴りで文句も言わずにスピードを上げるが、今度はエルフの少女が文句を言ってきた。
「私の外部記憶領界を確認してもカルフォルニアなんて地名無いんだけど!」
そりゃ俺の前世にある地名だからな! 何に拘ってるんだこの馬鹿と思いながらナイヴは歯噛みする。反撃しようと腰の触媒ポーチをまさぐったら見事に全て割れていた。金がないので安いガラス製の触媒容器にしたのを後悔する。
奮発して買った魔法銀製の触媒容器が一つ無事なだけだ。
金がないせいで初手から最後で切り札だ、そして赤字だ。どうあがいても赤字だ。
ナイヴは「カリフォルニアってどこよ!?」と叫ぶ少女に耳を塞いでろと叫ぶと、魔法銀の触媒容器を取り出した。
クソッタレが! どいつもコイツも人を利用しやがって! 転生者を舐めんなよ! ナイヴは心中で叫びながら赤字の額を計算して、再度心中で罵詈雑言を叫んだ。
触媒容器を銃杖の魔法陣に装填する。
ワイヤーで構築された魔術回路が駆動する熱がナイヴを冷静にさせる。
銃杖の照星を追手の大男に合わせる。
殺意は邪魔だ、怒りも。
オーケー俺。冷静になれ、冷静さこそが平穏への切符だ。
ナイヴは短く息を吸い込み、暴発防止用の呪文を口にした。
「侵襲魔術ゴースト起動!」
ナイヴは初手で最後の切り札を切った。
自分が何者であるのかを自覚した時、ナイヴ・ライフスは戸惑いよりも納得感が先に立ったのをよく覚えている。
普通ならまず自分の正気を疑うような、自分は異世界から転生してきたという自覚をすんなり受け入れたのもそのせいだ。
パズルのピースを嵌めるように、今まで自分が感じてきた違和感の正体が露わになっていく感覚。それは全能感にも似ていたが、それと同時に九歳だったナイヴを暗澹たる気分にさせた。
世界がちょっと酷すぎた。
前世の記憶から引っ張ってきた言葉で言うなら、サイバーパンクな世界だった。
それも碌でもない方の。
雨とかネオンとか巨大な高層ビルに、巨大企業が世界を牛耳っていて超が付く格差社会で、ニヒルな笑みを浮かべて「この街では誰も信じるな、それが鉄則だ」みたいな台詞が似合いそうな、そんな世界だった。
唯一、違う点をあげるとするならば、電脳ではなく、魔術をそのテクノロジーの根幹としていた事だった。
九歳のナイヴ・ライフスからすれば、大した違いでは無かったが。
侵襲魔術、前世の記憶を使ったナイヴの奥の手は追手の大男に効果覿面だった。
|ターミネーター《元カルフォルニア州知事》みたいな勢いで走っていた大男は、体を不自然に硬直させると車道をその体重で削りながらスっ転ぶ。常人なら死んでもおかしくない勢いで転んだ男だったが、執念深く地面から剥がしたその顔はハッキリと自分を睨みつけているのがナイヴには分かった。
おっかねぇ。
今にも追撃がきそうだったので、殺しきれないのを承知で魔術を使ったが、正解だったとナイヴは安堵した。殺しきれなかったのが残念だが、欲をかいていれば死んでいたのは自分の方だった。
人造魔人相手なら、コストを無視すれば自分はそこそこ戦える。自分の自信が間違っていない事を再確認しつつ、急遽路上でオープンカーに改造された車内に引っ込む。
どっと疲れが押し寄せてくる。
碌でもない異世界の、碌でもない街の、碌でもない産まれ《孤児》で、碌なチートも無かった。
チートも身分も何もないからと、生きる為になった傭停、独立調停官だが、ナイヴは首をさする。
ここまで滅茶苦茶なのは久しぶりだった。
ナイヴは後部座席にグッタリと座りながら口から出そうになる溜息を堪える。
バー『無駄働き』のオーナーは金に汚いし性格も口も悪いが、自分が世話をしている傭停に嘘を教える程には終わってない。
だとしたら依頼主が最初から嘘をついていた事になる。
なるのだが、依頼主が誘拐された娘の親である、というのは裏を取っている。
依頼主が、誘拐犯が魔術技巧マフィアである事を知らなかった? そんな馬鹿な話があるか? あの大男は少なくとも第三位階以上の人造魔人だぞ?
ちょっとした魔術技巧を体に移植しただけの第一位階の半端ものじゃない。
移植率10%以下の第一位階はともかく、移植率30%を超える第三位階は組織にとっても重要な戦力だ。
ただの誘拐事件で出てくるようなコマじゃない。
ああ、糞。ナイヴは喉元までせり上がってくる溜息を必死で飲み干す。
だがまぁ、この街ではいつもの事なのだ。
誰かが誰かを利用しようとし、今回はその最終的なツケを払うのが俺というだけなのだ。
そんな生活から抜け出す為にナイヴは傭停をやっているのだ。
時には街の伝説になり、馬鹿と馬鹿の間を飛び回り跳ね転がり、騙され、血を吐き、腹に穴が空いたり、悪魔の生贄にされそうになったりしながら。
ナイヴは思わず顔を覆った、全て身に覚えがあった。
碌でもねぇ仕事をしてるな俺、本当に碌でもない。
いつかは金を貯めて自分の事務所を立てて人を雇って悠々自適な平穏な生活をするという夢の為に。
誰でもなれて、誰でも一攫千金の夢がある傭停をやっているが、自分は何かヒドイ間違いをおかしているのではないかと、ナイヴは深刻な疑問が湧く。
その考えを断ち切ったのは――貴族種の少女の声だった。
「ねぇ! カルフォルニアって何なの!?」
その声に、もっと言うのならば隠す気のない好奇心でギラギラと光る瞳を見て。
この状況でよくもまぁそんな疑問が出てくるもんだと、ナイヴは我慢に我慢を重ねた溜息を吐いた。
*
無秩序で無思慮な超都市化は、平凡な田舎町を五十年余りで世界有数の大都市へと変貌させた。
その都市に昼夜はなく、地獄と現世の区別もなく、チリの一つすら魔術的意味を持つ。
巨大企業にマフィアはおろか、路上の物乞いですらも他人を利用しようと目を光らせ、誰もかれもが都市に渦巻く欲望に巻き込まれ魅了される。
その都市の名前はヘカトリオス。
都市を埋め尽くす巨大構造体はその破片一つで竜を殺しうる。
ヘカトリオスの郊外と言う名の荒野から都市へと逃げ込んだナイヴは、車を捨てると「カルフォルニアってどこだよぉ」と腕にまとわりつく少女を連れて、目に付いたダイナーに入った。
当然ながら食事をとる為ではない。このエルフの少女から事情を聴くべきだと思ったからだ。とにかく何かがおかしい。
事情を確認しなければ確実に致命傷になる。
裕福層向けの商業施設が立ち並ぶ商業地区と、貧困層向けの住宅である巨大構造体がひしめく貧困地区との境目にあるダイナーは、中途半端な時間だったせいか客はナイヴだけだった。
ここでなら少しは落ち着いて話せるだろう。
そう考えながらナイヴは注文を取りに来たウェイターにコーヒーを頼む。
さっさと事情を聴きださねば、そう思って対面に押し込むように座らせた少女に視線を向けた瞬間に相手が叫んだ。
「凄い! ゾンビの店員だ! 初めて見た!」
貧困層ではゾンビは良く使われる。ゴーレムよりも安く、メンテも簡単だからだ。裕福層向けになると人間もしくはホムンクルスになる。
貴族種の少女は当然ながら見るのも初めてだろう。
「食いたい物があったらさっさと注文しろ、奢ってやるから」
ナイヴは溜息を押し殺しながら「プロテインは一日何グラム必要なの?」、「プロテインは動物由来?植物由来?何でもいいの?」と、ゾンビには答えられない質問を投げまくる少女に言った。俺が奢ってやるなんて激レアだぞ。
じゃあこの体に悪そうな色のパンケーキ! 何が楽しいのか毒々しい色のクリームがのったパンケーキの写真を指差し少女が笑う。
ナイヴはこんな事で溜息なぞ吐いてやるかと、溜息を飲み込み言う。
「とりあえず自己紹介だ」
つい先ほど死にかけたとは思えない顔の少女を見る。
「俺の名前はナイヴ・ライフス。見たら分かると思うが独立調停官だ」
ナイヴはジャケットの右胸を指さす。独立調停官、傭停である事を示す、正方形が二つ重なったエンブレムが彫られたバッチ。色が銀色なのでギルドに所属していない独立の調停官だと分かる。
「お前の名前は?」
ゾンビが持ってきた、薄いコーヒーと不健康そうなパンケーキを興味深げに見ていた少女が顔を上げる。
「私の名前はリィン・アールタイ・コンスター」
少女が困ったような笑みを浮かべ、ナイヴは絶句した。
「その顔は分かっているみたいだけど、都市議会議員の娘だよ」
「今日だけで何回溜息を吐かせる気だ畜生」
我慢しきれず溜息を吐きながらナイヴは愚痴をこぼす。まさかのヘカトリオス都市議会の重鎮の娘だ。厄介と碌でもないが目の前でスクラムを組んでいる。
「溜息を吐くと何か問題があるのかい?」
リィンが興味深げに訊いてくる。
「溜息を吐くと幸せが逃げていくんだよ」
薄いコーヒーを啜りながらナイヴが応える、現実逃避とも言う。深く考えたくなかった。
「面白いね、それは魔術かい?」
ただのマジナイだよ、そう質問に答えながら頭をかく。いつまでも現実から目を背けているわけにはいかない、それに巻き込まれている最中は特に。
人工精霊には適当に目立つように車を走らせろと命令したが、そんな物がいつまで持つか分からない。
溜息が出る。
「お前、親に命を狙われているのか?」
それは疑問形だったが、確信の籠った声だった。
質問を投げられた少女は困ったような笑みを浮かべると、あーとかうーとか言葉を探した後に、やっぱり困ったような笑みを浮かべて言った。
質問を投げられた少女は困ったような笑みを浮かべると、あーとかうーとか言葉を探した後に、やっぱり困ったような笑みを浮かべて言った。
「どうもそうみたいだね」
ナイヴは思わず舌打ちしそうになった。感情が前世の記憶に引きずられ憤りを感じる。
何もかもが気に入らない、子供を殺そうとする親も、それに困った笑みを浮かべる子供も。
何より自分をそれに利用しようとした事が。
「つまりは何か?」
ナイヴは自分が巻き込まれている碌でもない事態を推測する。
「都市議会の議員様が? 自分の子供を殺す為に? 誘拐を偽装して? 助けようとしたと体面を保つために? 傭停を雇って? 魔術技巧マフィアに突っ込ませて? 娘もろとも殺して万々歳?」
「どうして疑問形?」
「全部が全部、気に食わねぇからだよ」
コイツの親は記者会見で話す為の台本も用意してるに違いない。
「えっと、ナイヴさんを巻き込む形になってしまってすまない」
「ナイヴで良い。あとお前のせいじゃねぇから謝るな不愉快だ」
どんな間抜けな都市議員でも、自分の娘が誘拐されて、それがただのチンピラの仕業だと誤認する奴はいない。
いてたまるかとナイヴは思う。
畢竟、碌でもない結論に辿り着く。
リィンの父親であり、都市議会の重鎮であるアラゴ・アールタイ・コンスターは娘を殺そうとしている。間違いなく。
「理由は? 思い当たる事はあるのか?」
ナイヴに不愉快だから謝るなと言われた事がショックだったのか、ションボリした顔のリィンにナイヴは問う。
「知ればナイヴも巻き込まれるよ?」
「今更だ、どうせ俺も殺す気だ」
というより俺を殺さないとストーリーが完結しない、迷惑な配役だ。
ナイヴはこちらを伺うような表情から、成る程と表情をコロコロ変えるリィンを眺めながら内心で愚痴る。ナイヴはリィンのその態度にも腹が立つ。
自分の命がまるで他人事だ。
「それで?」
声に苛立ちが混じるのを自覚する。
「お前はどうしたいんだ?」
リィンの困ったような曖昧な笑み。舌打ちと溜息を我慢する。
「生きたいと言っていいのかな?」
本当に碌でもねぇな!
ナイヴはテーブルを飛び越えてリィンの襟首に掴みかかった。
リィン・アールタイ・コンスター、十三歳になったばかりの少女は――自分を助け出した傭停のナイヴ・ライフスが、突然テーブルを飛び越えて自分に掴みかかってきた時、どうやって謝ったら許してくれるだろうか? と考えた。
自分の何かが彼を激怒させてしまったのだろう。怒らせてしまったのは仕方がないが、せめて謝る事で彼の不愉快さを減じたい。
親に死ねと言われて、どうしたいのかも分からない自分が出来る事なんて人を不愉快にさせないぐらいだろう。
ダイナーの床に引き倒されながら、リィンは次に来るだろう衝撃に備え、そんな事を考えた。
「ホンっと碌でもねぇな!」
思っていた衝撃は来ず、代わりにナイヴの怒声と自分の頭を抱え込む腕の温もりを感じた。あとガラス片と砕けたソファとか色々降ってきた。
息つく暇も無くナイヴに襟首を掴まれ床を引きずられる。
そうするように設計されているのだろう、ゾンビのウェイターがこちらの安否を確認しに駆け寄ってきた所に店の外から投げ込まれた二輪車が激突し血と肉をまき散らす。
うわぁ。
「なんでバレた? 欺瞞霊体はキッチリ二体ああクソ、都市管理精霊のログを見たのか!都市議員の後ろ盾があれば何でもアリだな畜生!」
放り投げるに近い感覚で乱雑かつ乱暴に肩に担がれ、ナイヴがカウンターを飛び越え調理場へと走る。
揺れるリィンの視界の中、大男が窓を突き破ってダイナミック入店。
「ゾンビでもドアの使い方ぐらい知ってるよ?」
「口を閉じてろ、皮肉で下を噛むとか馬鹿のやる事だぞ!」
思わず口にした皮肉をナイヴに窘められる。
確かにそれは馬鹿っぽい。
調理場への侵入者を止めようとするコックゾンビをナイヴが押しのけ、押しのけられたゾンビが次の瞬間に破裂した。調理場の壁に二輪車のタイヤがめり込んでいる。
ナイヴは裏口の扉を文字通り蹴り開けると一瞬だけ迷ってから走り出す。
「こっちは直線で逃げにくいと思うんだけど?」
疑問が口から出た、生きて良いのかと悩む癖に。
商業地区に続く道は小奇麗な直線で障害物は何もない。その反対方向はゴミゴミしていて逃げるに適しているように見えたからだ。
生きるべきかと悩む自分はともかくナイヴからすると重要な点だろう。
「無関係な人間が死ぬだろうが! 目覚めが悪い!」
そう言ってナイヴがジャケットの内から何かを放り投げると、路上に雷雲が広がる。
「杖も触媒も無しに天候系魔法とは! 凄い!」
裏口を吹き飛ばすように出てきた大男が雷雲に怯み立ち止まる。
「残念、ただの音と光だけだ」
リィンはそれでも凄いと思う。ナイヴは何かを放り投げたがそれ以外は殆どノーコストだ。投げたのは魔道具か何かだろう。ここまで出来るのなら自分が手を加えたらもっと良い物が出来るかもしれないと思う。
思った瞬間、リィンは慌てて両手で口を塞いだ。
なんてこった! 気が付いたら無理だった、両目から涙が溢れて止まらない。
「どうしよう?」
「何がだ!?」
自分を担いで必死で走るナイヴが律儀に訊き返してくれる。
「私は生きたいみたいだ。生きてくだらない魔道具を作ってたい! それで誰かが笑ってくれたりしたら嬉しい!」
親に死ねと言われて、生きたいと思う理由がそんな物なのか? リィンは自分の単純さに呆れそうになる。だが真実だ、真実それなのだ。
「良いな、くだらないは大事だぞ」
貧困地区を抜けて商業地区を走る、ジャケットが身体強化をフルに使っているせいで熱を持つ。格段に身なりの良い人々が逃げ惑う。
それで思わず疑問が口を突く、泣きながら。
「無関係な人だらけだけど!?」
ナイヴが巨大な高級デパートメントに駆け込む。更に人が増える。
「ここの連中は死んでも蘇生魔術の代金に困らないだろ!?」
成る程? リィンは納得しつつも首を傾げた。
自分達に驚いた人々が逃げ惑いマネキンを倒し、商品棚が崩壊し、悲鳴を上げる。
混沌だ。
それに――ナイヴが笑う、リィンには見えなかったが声で分かった。
「子供と命を狙われてる奴は我儘で良いんだよ!」
嗚呼、うん。そっちの方が納得できるね。
リィンは涙をぬぐった。
「ナイヴ! 私を助けて!」
人生初の我儘だった。
助けてと、子供に言われて断る道理をナイヴは知らない。
街の流儀からは随分と外れた考え方だ、不利益も山程、何なら直球で馬鹿にされる。それでもナイヴはその道理を知らない。それが前世の記憶に引きずられた物だと自覚しても。
「依頼料はキッチリ払えよ!?」
だが口は悪いし、素直じゃない。
お金取るの!? 驚くリィンに笑みが浮かぶ、全くだ。
「タダ働きなんぞやってられるか」
肩の上でリィンがワタワタと自分の服を探って払える物が無いと嘆く。
それでもナイヴは報酬なぞ無くても、とは言ってやらない。そんな事を言うのは恥ずかしいし、現実的には自分の手札が品切れ状態で、どうにかしてやれるか分からなかったからだ。
「そうだ!」
初手で切った最後の切り札を惜しみつつ、打開策を考えていたらリィンが叫んだ。
何だ?首を傾げる前に、自信あり気な声が耳を撫でる。
「現物支給でどうだい?」
示された報酬に、ナイヴは笑った。
獰猛に。
作戦変更だ、一階を駆け抜けるつもりだったナイヴは急遽路線変更、高級商品が並テナントの合間を縫って上階を目指す。
エレベーターの扉が閉まる瞬間に大男の姿が見えた。
おっかねぇ。
だがもう決めたのだ、腹は括ったのだ。
俺を利用する奴にも、子供を殺そうとする奴にも、一撃“かましてやる”のだと決めたのだ。
後は準備だけだ、ナイヴはエレベーターを降りるとマネキンを蹴飛ばして走った。
ヘカトリオスを埋め尽くす巨大構造体は、その建材一つをとっても魔術技巧の塊だ。
ミクロ単位の魔法陣で強化された魔術的建材、その強度は前世を含めてナイヴからすると比する物がない。
そんな建材の床をぶち抜いて大男が現れた。
「そいつを渡せ傭停」
身を隠す所も無い無人のイベントスペースで、対峙したナイヴは初めて聞いた大男の声にやっぱり|シュワちゃん《元カルフォルニア州知事》みたいな声だったなと思った。
ゆっくりとした動作でリィンを床に立たせる。エルフらしい宝石のような透き通った銀髪が、風に乱れてボサボサだ。
「こいつを渡せば俺を見逃してくれるか?」
リィンが頭を抱えて俯く。馬鹿野郎が大人しくしとけ。
無表情のまま頷き返してくる大男に油断は無い。
だがそれで良い。
一度切った切り札のおかげで、男の内部で駆動する大鬼の骨が良く分かる。
「さっさと行け」
出来るだけぶっきら棒に、もう勘弁してくれと言いたげに、リィンの背中を銃杖で小突く。
不安げな顔で振り返りながら進むリィンに、余計な演技はしなくて良いと思った所で違うと気が付く。単純に不安なのだ、信じて裏切られるのではと。
子供の内は無思慮に大人を信じれば良いのだ、不愉快気な笑みが浮かぶ。
それを見た大男が蔑んだ笑みを浮かべ、ナイヴは“通った”と思った。
勝利を確信する、油断したなお前?
「えう!」
そしてその声は、実によく響いた。
丁度、ナイヴと大男の中間で、両手を万歳の形でスっ転んだ少女は、上半身を起こすと慌てて《《ズレた》》髪の毛を直した。
ゴメンやっちゃった、そんな顔で見てくるリィンに罵詈雑言が脳内でパルクールする。あとズレたカツラを戻すならちゃんと戻せ。
ふざけんなよと、口から付いて出たのは、魔法陣がオープン状態の銃杖を大男に向け、左手に握った銀髪の束を取り出すのと同時だった。
貴族種の髪の毛。生来的に長命なエルフの髪の毛は伸び難く、それ故にヘカトリオスにおいてさえ超貴重な触媒である。
一束で家が買えるというのは誇張ではない。
その性能は――。
車の屋根を吹っ飛ばされたその時から今まで、終始余裕のあった大男の顔に初めて焦りの表情が浮かぶ。
――銃杖の魔法陣に装填しなくても魔法の発動が可能な程だ。
大男が向けてくる、大鬼の骨が移植されたその腕。
それに照準を合わせてナイヴは呪文を口にする。
「侵襲魔術ゴースト起動」
ナイヴ・ライフスのたった一つの切り札、侵襲魔術。
チートも何もない、ナイヴがこの世界でたった一つ手に入れた己の力。
外部から他者の魔法に干渉できる、ただそれだけの魔法。
しかし、ただそれだけの魔法は、魔術技巧を体内に移植した人工魔人相手には極めて有効だった。
大男が、その腕に移植した大鬼の骨は、幾重にも張り巡らせられた魔法陣を狂わされ、その本来の狂暴性を発揮した。
人に仇なす存在であるという矜持、奪われたそれを取り戻そうと、大男の体内で暴れまわる。
時間にすれば刹那で、結果は致命であり必死であった。
人の身に堕とされた大鬼は、在りし日の怒りそのままに大男の肉体を引き裂いた。
本日二度目の侵襲魔術のおかげで、発動までの時間はかなり短縮できた。
ナイヴは上半身が風船のように破裂した追手の残骸から視線を外して安堵の息を吐いた、これは溜息じゃないと言い訳しながら。
リィンが途中でスっ転ぶという大ポカをやらかしたせいで、解析の時間が足りないと危惧したが。中途半端だったとは言え一度侵襲魔術をかけた相手だったので殺しきる事が出来た。
「う……うぉおおお! ナイヴ! それなんだ!? それ! 凄いそれ!」
先程までやらかしちゃったゴメン、みたいな顔をしていたリィンが床を這うような体制でにじり寄ってくる。
短い付き合いだが、何となくだがコイツの性格が分かってきた。
ナイヴは灰となったリィンの髪を払いながら銃杖をホルスターに戻す。
要は子供なのだ、単にどこにでもいる好奇心旺盛な子供。
足にまとわりつき「何をしたんだ!? 魔法か!?魔法だよな!?」と喚くリィンの襟首を掴んで立たせる。
お前のせいで全ておじゃんで二人とも死にかけたんだぞ、と言いたくなるがナイヴは言葉をグッと飲み込む。大人の余裕は子供にとっては必要な物だからだ。
それにまだやる事がある。
「疑問には後で答えてやるから、さっさと逃げるぞ」
自分の言葉に首を傾げるリィン、頭を軽くはたく。
「警察に保護されて父親とご対面したいのか?」
慌てて首を横に振る様子に苦笑する。
ナイヴは髪の毛が随分と短くなったリィンの頭を乱暴に撫でた。
迷惑そうな声を上げる少女を無視して、目の前に転がる困難なぞ大した事はないという口調で言う。
「後はクソ親父だな?」
そう言って歩きだす。
「あの!でも!」
慌てて追いかけてきたリィンが馬鹿な事を言う。
「もう払える物が無いんだけど」
ナイヴは思わず溜息が出た。
「仕事ってのは貰った報酬分キッチリやるって事なんだよ」
さてと、碌でもねぇ仕事がもう一仕事だな。
ナイヴは銃杖の銃把を撫でた。
だがまぁ気分は悪くない。
「碌でもねぇ親父をぶん殴りに行くぞ」
たぶんきっとスッキリするだろう。
背後から慌てて付いてくる少女の足音を聞きながら、ナイヴ・ライフスは笑った。
本当に碌でもねぇと、獰猛に。
去年のカクヨムコン10の為に書いた短編になります。
作者、こういうマジックパンクな世界観が好きなので
凄い楽しく書いた短編だったりします。
【宣伝】拙作「追放された侯爵令嬢と行く冒険者生活」がツギラノにノミネートされております。
後、一作が決まらない、という時にでも思い出して頂けたら作者ガッツポーズします。




