第8話 王都での日々 I
「ケイン、私は……」
「すっかり眠ってたな」
気が付けば朝になっていて、私は見知らぬ部屋で目を覚ました。
テーブル、椅子、ベッド、棚、と家具は最小限で、部屋自体も窮屈だが、意外にも清潔に保たれていて、みすぼらしいという印象は受けない。
「ここはどこだ?」
私の頭からは、昨日の記憶がきれいさっぱり消えていた。
「俺の家」
「……なるほど」
その情報が私の脳で処理されるまで、私はただ呆然とケインの顔を眺めていた。
自分でも興ざめてしまうほど、寝起きの私は反応が悪く、うっとりとしている。
「……どっ、どうしたんだよ」
無言で彼の顔をぼんやりと見つめ続ける私にどんな感情を抱いたのか分からないが、ケインはどこか照れている様子で目を逸らした。
しかし、今の私は彼の質問さえ処理できず、ただ当惑して頭を傾けた。
ようやく「ここはケインの家」ということを認識し、さらに「ケインの家に連れてこられた」という状況まで把握したころには、かなりぎこちない雰囲気になっていた。
「ハッ!」
私はベッドから飛び起きた。
「うわっ!?」
その衝撃でケインは後ろに倒れたが、私の知ったことではない。
これまでの思考速度から一転、私の頭脳は高速で回り始め、世にも恐ろしい事態になってしまった、ということに気付いたのだ。
「なぜ私をここに連れて来た! まだすべきことが残っていただろう!」
私はネルの死体を見た後、まともには話せない状態となり、ケインにここまで導かれてきた。
そして、そのまま眠ってしまい、日も変わってしまったので、もう現場の死体は運び出されただろう。
現場の情報がない以上、捜査をするにはもう遅い。
昨日の時点で、どれだけ困難だろうと、調査を断行するべきだったのだ。
「これで犯人を捕らえる糸口が消えてしまった! どうしてっ……どうして私に無理やり捜査を開始させなかった!」
ケインのせいではないのは明確で、自分でも無茶苦茶なことを言っているのは分かっているが、どうしても抑えきれなかった。
昨日感じた無力感が、再びあふれ出しているかのようだ。
「流石にもう父にも私の逃走がバレただろう。王城では大騒ぎになっているはずだ。……これでは本当に、何もできずに終わってしまう!」
ここまで感情が高ぶったことは、人生において一度もなかった。
息が途切れかけていながらも、私はさらに続けようとする。
「私はっ――」
「落ち着け!!」
ケインは強く、それも大声で、私を揺すった。
「きゃっ!?」
力など到底あるはずもない私は、その勢いでバランスを崩し、地面に崩れ落ち……そうになったが、その前にケインが受け止める。
「俺の知ってるローラは、もっと冷静で、”合理的”な判断ができる奴だ!」
勢いに圧倒されて、口を開くことができない。
「そして、いつだって鈍感で、察しの悪いことばかり言い出すけど、本当に人を傷つけたり困らせたりすることは絶対に避けるし、失敗をしたら一番責任感を強く感じる、世界一優しい王女だっ! ……だから……その……自分を追い詰めるようなことを言うのは止めてくれ!」
その言葉に、私は驚きを隠せなかった。
普通、人間というものは、自分が責められると怒り返したくなるもので、私はてっきり、私がケインに怒鳴ったから怒鳴り返されたのだと思っていた。
しかし、そうではなく、ケインは、私が表向きは彼を責めつつも、実際には自己嫌悪に陥っているということに気付いて、それを止めさせるために叫んだのだ。
……私でさえ、言われるまで自覚がなかったのに。
「……」
私はしばらく、ケインに支えられたまま、じっとしていた。
錯乱していた頭が、心の揺らぎが、心臓の鼓動が、次第に治まっていく。
さっきの私はどうかしていた。
いや……振り返ってみれば、それ以前の私もどうかしていたのかもしれない。
現に私は、慎重に行動すると決めておきながら、さっそく現場に向かうという、よく考えれば矛盾しているような動きをしていた。
この人生において長い時間を共にしたネルという存在を目の前――しかも私のせいで殺されたことへの怒りや罪悪感が、私を焦らし、ろくな考えもなしに行動させていたのだ。
「……ふう。」
完全に落ち着きを取り戻したと確信したとき、私は深呼吸をして、ケインにはっきりと礼を告げることにした。
彼が私を止めていなかったら、更に無謀なことをしていたかもしれない。
「君の言う通り、冷静さを欠いては見つかるものも見つからない。……私は焦りすぎていた。助かったよ」
「おっ、おう……よかった」
礼は相手の顔をしっかりと見てするものだ、とネルから教わっているので、私はケインの顔をじっくり観察したのだが、ケインは照れくさそうにしていた。
「さて、仕切り直しだな」
さっそく、冷静になった私は作戦を思いついた。




