第7話 裏切り者探し V
ようやく王都付近まで着き、ケインが私を下ろすと、私は彼から少し遠ざかった。
「えっ、俺、そんなに嫌われることしたっ!?」
そして、ショックを受けていそうな彼の様子を、ジトっと眺め続ける。
前世でも現世でも、誰かに強い感情を感じることはあまりなかったのだが、今回ばかりは怒りを覚えていた。
「あれほど下ろせと言ったのに」
相手が自分の言葉を一向に聞いてくれないと、人間は怒るということを今、思い出した。
たまに私が無茶を言いすぎると、ネルがブチギレて大変なことになっていたな。
「あ、謝るよ! で、でもさ、ローラ、すっげー歩くのしんどそうだったし……!」
「知っている。もうこの事は忘れよう」
ケインは善人だ。
彼の行動が私への気遣いだったことくらい、誰にだって理解できる……が、やはりモヤモヤした気持ちをぬぐい切れないでいた。
さらに、彼が小声で「わっ、忘れなくてもいいだろ……」と呟いたことで、そのモヤモヤは増す。
「……行くぞ」
このまま進むと再び原因不明の発熱を起こすところだったので、早急に会話を終わらせることにした。
今の私は、殺害現場を見るという目的を果たしにハドリアまで来ているのだから、それを優先すべきだ。
「えっ、おいっ!? 待ってくれよーっ!」
すたすたと街道を歩きながら、襲撃当時のことを回想する。
……コロヌス盗賊団は、ハドリアと王城を繋ぐ道――つまりさっきケインと渡ってきた道――で私たちを襲撃したが、実際にネルを殺した大剣は横からではなく上――空から降ってきていた。
すなわち、襲撃部隊とは別動隊の何かによって、攻撃がなされたことになる。
上から大剣が降ってきたことから推測するに、どこか高い場所から大剣を投げた者がいる……のだろうか?
私は周囲の建物を確認した。
ハドリア中央には6階建てを超える建築物だってあるが、街はずれであるここには、せいぜい二階建ての家くらいしかない。
大剣を高所から投げる、ということはまあ不可能だろう。投げた大剣を動く馬にあてる、という技自体も不可解すぎる。
では、一体どうやって大剣をネルにあてたのか?
「……」
とある光景を見ると、私の足はピタリと止まった。
ネルの殺害現場にようやくたどり着いたのだ。
捜査のために騎士団が展開しているものの、死体が通行人から見えないはずもなく、あの時の生々しい記憶が蘇った。
もちろん、これを目当てに来たのだから、分かってはいたのだが、やはり見ていて気持ちの良いものではない。
「ローラ? 急に止まってどうし――」
ケインが実際の死体を見て、言葉を失ったのは十分に納得できる。
彼にはネルが殺されたことを伝えてあったが、それはあくまでも”殺された”、という事実を説明しただけであり、現場の悲惨さを直接伝達した訳では無かったからだ。
少しの間、私たちが無言で立っていると、それに気づいた騎士の一人が駆け寄ってきた。
「おい、君たち! ここは子供のいて良い場所じゃない。早く親のところへ帰りなさい」
どう見ても、その騎士は私とケインの視界を遮るように立っていた。
彼は、死んだ目をした私たちを見て何かを察したようで、早くこの現場から追い払おうと焦っているようだ。
しかし、私は動けなかった。
正直、ネルの死体を再び目の当たりにしたその時から、私は何をしたらいいのか、分からなくなってしまっている。
口を開いても、言葉が出てこない。
――そう固まっていると、やっとケインが我に返ったらしく、慌てて騎士の男に謝罪した。
続いて彼は私の腕をグイッと強く引っ張り、引きずるようにして私を現場から離していく。
「……ほら、いくぞ……」
私はされるがままだった。
何があろうと必ず犯人を捕まえる、と決意していたのに、最も重要な事件現場で何も行動を起こせなかったのだ。
……これが、自分の不甲斐なさを痛感した時であった。




