第6話 裏切り者探し IV
「ケイン、一度私を背負ってみろ」
「は?」
「いいから、はやく」
ケインから当惑が消えないままでいると、私はうんざりしてきて、無言で彼の背中をよじ登った。
「うっわー!??」
と、ケインはバランスを崩しそうになったが、本当に倒れることはなかった。
もとより彼の平衡感覚が鋭いのも要因の一つではあるが、私が恐ろしいほど軽かったのだ。
事実、ケインから出た言葉は次の通りだった。
「え、軽っ……」
驚きを通り越して、もはや引いている状態だったが、私は自慢げに告げた。
「これで足手まといにならないことは分かっただろう? ケインの体力で、十分にこの城から連れ出せるはずだ」
「まあ……そうなんだけど……いくら何でも軽すぎるだろ。ちゃんと食べてんのか?」
「……失礼な」
女性は体重の話になるとどう変貌するか分からない、と理解しているのか、ケインはそれ以上追及しなかった。
私はそこまで気にしているタイプではないのだがな。
「分かった。……ローラを担いで王城を抜け出す。だけど、やるなら今からだ」
「理由を聞いても?」
「お前の話が本当なら、今後、暗殺対策として王城の警備が強化されることになる。流石に今以上の監視を潜り抜けて王城からお前を引っ張り出すのは骨が折れるんだ」
なるほど、一理ある。
今はまだ事件直後なのでおろそかになっている所もあるが、暗殺対策が講じられていけば、いずれケインが侵入することさえできないくらい頑固な警備体制が整えられてしまうかもしれない。
「……了解した。今から出よう」
「しっかり掴まっとけよ?」
「ああ。君は警備に捕まらないようにな」
「笑えねーぞ、それ」
こうして、私とケインは、闇夜に乗じて行方をくらませた。
◇◇◇◇
「ケイン……そろそろ下ろせ……」
「いや、ダメだろ。ローラの体力のなさは俺も良く知ってる」
王城を出た後、私たちは徒歩でハドリアへ移動することにしたが、当然ながら、たった数分で私の体力は底をついた。
よって、ケインが再び私を担ぐという話になったのだが、それだと歩く速度が低下すると彼が主張したため、私は抱きかかえられ、いわゆる「お姫様だっこ」という形に変更されてしまったのだ。
――これが、正直言って、どこか落ち着かない。
もうかれこれ20分くらい私はケインに「お姫様だっこ」されているが、どうにも頭が回らず、自分や周りを冷静に分析できない。
私にとって頭が回らないというのは、生きたまま焼かれるのと同じくらいの苦痛で、だからこそさっきからケインに下ろしてほしいと懇願しているのだが……
「体力も多少は回復した。自分の足で歩ける」
「どうせ、またすぐに動けなくなるんだろ? だったらこのまま俺が運んでやるよ」
見ての通り、一切耳を貸してくれないのである。
確かに、彼の言っていることは全て正しいが。
「あとどれくらい時間がかかる?」
「う~ん、そーだな……この速さだったら30分くらい?」
あと30分もこの状態が続くのかと考えると、何故か体がだんだんと熱くなってきた。
こういう時は、何か動かないくらい遠くの物を眺めて落ち着こう。
そうだ、私は上を向いているから、星空が見える――と思ったのだが、実際に見えたのは星空がいい具合の背景になった輝かしいケインの顔で、これが事態をより一層悪化させた。
私の脳は、更に使い物にならなくなってしまったのだ。
「ケイン……君はただただ私を抱きかかえたかった訳ではないよな」
こんなことを聞いてどうする、と自分でも思う。
「ちっ、違うし! 関係ねーしっ!」
明らかに動揺するケインを見て、私は微笑に近いものを浮かべていた。
そして、からかうように続ける。
「分かりやすい嘘だな」
本当にどうでも良いであろう会話なのに、私はそれを楽しんでいるのだろうか?
いや、これはきっと、上を向かされたまま前に進み続けていることに対する違和感から巻き起こっている、私の思考の一時的な鈍化だ。




