第4話 裏切り者探し II
しかし、いつまでもこのままではいけないことくらい、私が一番わかっている。
裏切り者 ー ユスティン・アンジェラスを野放しにしておいて良いはずがない。
どうしてこうも自分が復讐に燃えるのかは分からないが、ユスティンは必ず私が捕まえる。
さて、この捜査に必要なのは、信頼できる仲間だ。
城からほとんど出たことのない私には無理難題な気もするが、実は当てが既にある。
私はベッドから飛び起きると部屋の窓を開けて、屋根の上がはっきりと見えるように首をひねった。
地上からは死角だが、ここには別荘鳥の巣がある。
別荘鳥とはその名の通り、複数の巣を持っている鳥で、巣の中に投げ入れたものを別の巣 ー 別荘へ運ぶ習性があり、上手く利用することで手紙の輸送が可能になる。
「‥‥‥っ、やはりこの位置にメモを入れるのは大変だな」
私は首をひねったまま窓の格子から手を伸ばし、辛うじて巣の中にメモを投げ入れた。
ーーこれで、鳥がこのメモを”彼”の元へ運んでくれるだろう。
一時間後、”彼”は私を訪ねて来た。二階の窓から。
「よっ、ローラ!相変わらず気だるげな顔をしているな~!」
「そして君は相変わらずの能天気さだな、ケイン」
「ケイン・レシュタウッド(7歳) 寿命:71年」
毎回どうやっているのか分からないが、彼は王城の警備を潜り抜けて、私の部屋へやってくる。
初めて会ったのは去年の冬。気が付けば部屋の中に侵入されていた。
素性は全く知らないが、見ての通り、彼は侵入の天才 ー 今回の犯人捜しに打ってつけな人材だ。
「前から思ってたんだけどさ、なんでこの窓の格子って外から外せるんだ?全く防犯の役に立ってないだろ?」
ケインは屋根からぶら下がりながら、易々と格子を外して室内に入ってくる。
「防犯用じゃなくて私の飛び降り阻止用だ。心配性の父親が二階の窓すべてに取り付けさせている」
「ゲッ!? ‥‥‥お前なにしでかしたんだよ」
「‥‥‥そんなことよりも仕事の話だ。メモは読んだだろ、ケイン」
私は紅茶とビスケットを差し出すと、ケインとテーブルを挟んで座る。
ケインはいつものニヤけた顔でくつろいでいる。
「私を殺そうとした貴族と、その裏で糸を引く者がいる。彼らを捕まえたい」
「捕まえたいって‥‥‥王女なら適当に罪をでっちあげても貴族の一人や二人くらい処刑できるんじゃないのか?」
「証拠がないとできないな。だから君の助けが欲しい」
「え~」
ケインは如何にも面倒くさそうに立ち上がると、私が散々聞きなれた一言を口にした。
「報酬次第だな」
私は内心、首を振った。
ケインの求める”報酬”は、いつだって一般的に想像するであろうものとは全然違う。
「報酬‥‥‥か。今度はなんだ?」
視線をケインのほうに上げると、いつの間にか彼の二ヤついた表情は消えており、見慣れない真剣な面持ちで私と向かい合っていた。心なしか、少し赤くなっているようにも見える。
いったい彼は何を言い出すのだろうか。あまりの新鮮さがゆえに私は戸惑った。
ーーしかし、返ってきたのは実に笑える答えだった。
「俺との婚約」
この日、私はこの人生で初めて笑った。腹を抱えて大声で笑った。
今日の恐ろしい出来事を、一時的に忘れてしまうほどに。
「アッ、アッハハハハハハハハハハ! ‥‥‥急に何を言い出すのかと思いきや、婚約の話か!」
「そ‥‥‥そんなに笑うこともねえだろ‥‥‥!」
ケインはひどく赤面していたが、私の笑いはもう止まらない。
なんというか、場の空気とケインのセリフが何一つ合っていなかったのだ。
「この状況で‥‥‥婚約‥‥‥!? 本当に君は面白いな、ケイン!」
「‥‥‥!」
笑いながら床を転がり続けていると、ケインはついに痺れを切らして問いかけてきた。
「で、ど、どうなんだよ!? そ、その‥‥‥契約成立か?」
私はひとまず笑いを抑えると、彼と向き直った。
「死んでも嫌だな」
「な、なんでだよ!? そんなにも俺が不服か!?」
「そういう問題じゃない。 ‥‥‥そういう問題じゃないんだよ」
まず、約束できないことを約束するのは気が引ける。
今までケインが求めてきた報酬は、私の手作りのクッキーだったりと簡単ではないものの、用意できる代物ばかりだった。
しかし、婚約となると話が違う。王女である私が、どこの馬の骨かも分からない男と結婚できるはずがない。
それに、である。
今、ケインが私に抱いている感情は、きっと俗にいう”愛情”とは異なるものだ。
興味を持った相手が偶然異性で、興味を愛情だと勘違いしている。子供のいう”愛”なんてそんなところだろう。
‥‥‥私は恋愛体験など皆無なので予想しかできないが。
「その報酬は支払えないな」
「まあ‥‥‥そりゃ‥‥‥そうだよな‥‥‥」
ケインはうつむいた。
そんなに落ち込むことだろうか? まさか、本当に恋愛感情を‥‥‥!? いや、それは流石にないか。
だが、私としてもケインの手は是非とも借りたい。
「だから、デートで手を打たないか?」




