第15話 服屋の店主 II
「そーいや、自由って言ったらローラだよな」
ケインの言葉で、少なくとも私にとっては、場の雰囲気が破壊された。
私が自由? ……彼は何をほざいているのだろうか。
しかし、私が問いただす前に、トスカナが言った。
「へえ。どんなところだい?」
ケインは笑いながら答える。
「色々あるけど、やっぱ思いついたことをすぐにやろうとすることだな。この前だって、突然『”エトルリア建国史”の紛失部分を割り出す。王城にあるものは写本だから、原本が残っているはずだ』とか言い出して、何百年も前の人が住んでた町を突き止めるのに付き合わされた――可笑しいだろ!?」
「ハハッ、それは確かに自由だね」
確かに、王城で読めるものが底をつきだしたとき、最後の望みとして何十年か前に火災で失われたと言われているエトルリア建国史の紛失部分――第22から第36巻まで――の原本捜索をケインに手伝ってもらった。
「だが、それは思い付きで始めていない。残された資料から作者の居場所を見つけることが可能なのか否か、精査してから君に協力を依頼している」
実際に捜査を始める頃には、必要なのは人手と時間だけで、私は成功を確信していた。
それを”思い付きで”と言われるのは筋違いである。
「そういう問題じゃねーだろ…… しかも、その”精査”ってのは前日しかやってなかったような……」
「なぜ知っている!?」
これは決して、私の精査が不十分だということを認めた訳では無い。何事においてもそうだが、精査に重要なのは時間ではなく質だ。
私は、単に不意を突かれたのだ。
ケインを呼んでいなかったはずの日の私の行動を、彼が知っているのだから。
彼は少し狼狽えた。
トスカナは相変わらず温かみ溢れる笑顔だ。
「え……えーとー」
「さては私の部屋に忍び込んでいたな!? 君は変態か何かか?」
顔を赤らめたケインは必死に弁解した。
「ちっ、ちげーよ! 使用人の一人から聞いたんだ! ……っというかローラってそういう意識あったのかよ!?」
それはおかしい。王城からしてみれば、ケインはただの侵入者だ。
「”使用人から話を聞いた”? 使用人の話を聞いたのだろう? どこに隠れていた? 私の部屋でなくともやはり変態ではないか!」
「いっ、いやいやいや! 本当に違うんだって! ……その、言えないんだけど……」
あの日、ケインと手作りクッキーという条件で契約したとき、彼が少しだけ後ろめたそうな表情をしていたのを覚えている。
当初は、それが料理が下手な私に手作りクッキーを頼んだことへの罪悪感かと思っていたが、考えてみればケインはクッキーのこと自体は喜んでいた。
私の顔を見づらそうにしていたあの表情は、前日にも王城に侵入していたことへの負い目だったのだ。
私の中での疑惑は、確信へと変わった。
「見損なった」
「……ごめん」
たった一言で、ケインは大打撃を受けたようだった。
重苦しい――とまでは言わないが、軽蔑の目を向ける私と落ち込んでいるケインが作り出す気まずい空気を、トスカナは一気に晴らす。
「まあまあ、ローラちゃんもそんなに怒らないで。ケイン君はやんちゃだけど、悪い子じゃないよ。きっと、何か事情があってしたことなんじゃないかな」
むっとはしたが、トスカナの言うとおりである。ケインについて知らないことは山ほどあるが――そして別に知りたいとも思っていないが――彼は悪人には見えない。
ただの元気で、能天気で、少しお調子者のところもある子供だ。
私はケインを向いた。
「私になんでも一つ服を買うってことで手を打ってやる」
「おっ……おう!」
彼はパッと明るくなったが、即座に驚きの声を上げた。
「”なんでも”!? ここって結構高い店……」
「安心しろ、別にそこまで高い物を選ぶつもりはない。目立たないことを徹底しないとだしな。トスカナ、私に似合いそうな服を選んでくれ」
「もちろん! そうだね……ローラちゃんに似合いそうな服――これとか?」
大量に並べられた美しい服の中から、トスカナは一着の青いレースのワンピースを選んだ。
「ぜってー目立つだろ、これ」
「でもローラちゃんに凄く似合うと思うよ?」
「決めるのは試着してからだな」
何も、無駄遣いという訳では無い。
今から買う服も、用途は考えてある。




