第14話 服屋の店主 I
次に立ち寄ったのは、トスカナという若い男が経営している毛織物店……服屋だった。
タレスのガラス店は質素なつくりで、店頭にガラス容器などの商品を並べて販売していたが、この店はガラス張りの大きな窓を使って商品を室内から展示していて、高級感が漂っている。
どうやらここから先は、日用品ではなく、少し高価なものを扱う店が並んでいるようだ。
「ケイン君か、一か月ぶりだね」
「よっ! 最近の売れ行きはどーだ?」
「寒くなってきたからかな、順調だよ」
トスカナは容姿通りの優しい声の持ち主で、どこか兄のような雰囲気を纏っていた。
到着するや否や、彼はケインと直近の出来事――どこどこの店主が愛用していた花瓶を割ってしまっただとか、隣のアキテーヌさんの猫が子猫を産んだだとか、昨日ドレスを買いに来た客と自分の好きな食べ物が一致しただとかいう、他愛もない事柄――について語っている。
それはまあ良いことなのかもしれないが、ここまで無駄のある会話をされると、逆に入り込む隙が見当たらない。
……個人的には、かなり時間を浪費している気がした。
「で、そこのお嬢さんがボクに何か用だって?」
やっとトスカナは私に目を向けた。
私は溜息を吐きそうになる自分を抑えて、
「ああ、私はユニヴェルシー大学の……」
と、かくかくしかじかを説明する。
「なるほど……? ……事情は理解したよ」
トスカナは、疑念を抱いているような顔をしながらも頷き、「変人……変人ねえ……」と頭を悩ませた。
そして、間はあったが、彼はポン、と手を叩き、
「いたいた! さっき言ってた、昨日ドレスを買いに来た人だよ!」
と口にした。
ドレスを買いに来る……?
ルテティアがするとは思えない行動だが、これはただの変人なのだろうか。
「えーとね……その人は妹さんのためにドレスを買いに来てたんだけど、なぜか自分が試着してたんだ。ちなみに、さっき話してた、一致した好きな食べ物だけど……」
「ええ」
言葉から想像できる意味不明な状況に、思わず、私とケインはそんな声を出してしまった。
後半の好物の話など私たちの頭には入ってこない。
ケインは小声で私に聞いてきた。
「……そのルテティアって騎士に、妹とかいねーよな?」
「知らん」
共に過ごしたのはほんの少しの間だけだったので、身の上話なんてしておらず、ルテティアに妹がいたのかどうかは分からない。
「だが、少なくとも私の知るルテティアは、誰かのために買いに来た服を、自分で試着するような馬鹿ではなかった」
ケインは、これから会おうとしている相手が極度の変人ではなくて安堵したようだった。
「あー、そうそう。その人って男だったんだよね――20歳前後の」
その続いたトスカナの言葉で、場は凍り付いた。
「なんだその変態は」
「ふつーに気持ち悪くねーか?」
私たちは、そんな狂人には一生会いたくないと願ったが、トスカナは意外にもその男のことを批判しなかった。
「いやいや、最近はいるんだよ、そういう人も。ボクとしては、応援したい気分かな」
驚きを隠しきれない。
確かに、私が知っている現代では、多様性の考え方が広がっていたが……この世界の年代は中世だ。
この時代で既に多様性を受け入れることが出来ているのか、この店主は!?
トスカナはさらに付け加えた。
「男だからドレスを着ちゃダメだとか、女は可愛らしい・美しい物を着ろだとか、そんな今までの風習なんて無視しちゃって、自分が好きなように生きるのが大切だと思うよ。……布っていうのは可能性の塊で、それを使って作られた服も、自由の象徴なんだから」
最後のほうで、トスカナは目をつぶっていた。それといった根拠はないが、きっとこの言葉が、彼の本心なのだろう。
「自由か……」
私も、自由に生きるという言葉は、何度か聞いたことがある。
それを志したこともある。
しかし、努力は実を結ばなかった。
世の中というものは、そんなに甘くない。
周囲の影響を受け続けた結果なのか、私は、大人になるまでには自分が何をしたいのかが分からなくなっていた。
もはや、自由など目指すには遅かった。そう、思っていた。
自由を目指すには、好きな服を選んでみる、という手段もあったのか。
……ちなみに、トスカナがかなり小さめに口にした、「まあ、妹さんのための服を自分で試着するっていうのは理解できないけど……」という言葉には、激しく同意した。




