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余命転生  作者: ネコダヨ
幼少期
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第13話 王都での日々 VI

「あれは何の店だ」


 私がそう尋ねると、ケインは軽く答えた。


「ガラス店だよ。コップとか皿とか花瓶とか、そういった日用品を販売してる」


 彼は店のほうへ歩いていくと、誰かと商談らしきものをしている店長に話しかけた。


「よっ、タレスのおっちゃん!」


 タレスと呼ばれたその40代くらいの男は、目の前にいる客からケインに目を向けた。


「おお、ケインじゃねえか! 少し待ってろ、今はコイツと大事な交渉の最中でな」

「オーケー、裏で待っとく」


 ケインは振り向くと、私に店の裏口へ向かうよう合図し、歩いて行った。

 そして、私が彼に追いついたときには、扉が勝手に開けられていた。


「こんなことしてもいいのか」

「よくやってるし、別に問題ねーよ」


 君の”よくやっている”のは不法侵入なのでは? と疑問に思いつつ、私とて遠慮する性格ではないので、普通に店内に入った。


「ほう。」


 そこは倉庫の様で、多くのガラス商品の在庫が置かれていた。

 色彩も豊かで、一般的に想像する白色以外にも緑や赤、青色のものまである。

 また、ガラス製品自体の作りはシンプルだが、それは決して安っぽいという意味ではない。素朴さが、美しいのだ。

 

 これらの製品が日用品として買えるなんて、元の世界でいう中世に値する時代だとは到底考えられない。しかし、エトルリア王国を出たら、そこはもう、領主が支配する荘園で農奴たちが耕作をする、文化が失われた世界だ。

 分裂に分裂を重ね、すべてが衰退した大陸で、唯一、古代王国繁栄の残り香を持っているのがこの国のようである。


 私が置いてあった椅子に座って、暫くガラス製品に見とれていると、商談を終えたらしい店長が帰ってきた。


「で、俺に何の用だ?」


 能率的な人なのか、彼――タレスは前触れもなくすぐさま問うた。


 普通の人ならば驚くかもしれないが、私も合理的に動くのが好きなので、無駄のない会話は実に好都合だった。


「少し聞きたいことがあってここにきた。――タレスとかいったな。最近、変わった人を見なかったか?」


 単刀直入すぎたのか、ケインは大急ぎで私の口を塞いだ。


「いきなりすぎるだろ!! 流石に仲のいい俺だってここまで急には聞かねーよ!」

「……んっ」

 

 口がふさがれているので、反論ができない。

 ケインは焦った様子でタレスに言う。


「……こっ、コイツは俺の友達なんだけど、ちょうど変人探しにハマっててさー……俺が協力して知り合いに話を聞いてみてるんだよなあ~……」


 ……言い訳が痛い、と普通に思ってしまったが、よく考えてみればケインはまだ7歳だ。そんなこともあるだろう。


「……んっ!」

「痛っ!? 手を噛むな!?」


 ようやく自由に喋れるようになった私は、悠然と補足説明をした。


「私は地方のユニヴェルシー大学のヴォルムス教授の娘で、自分の立てた仮説を立証するのが好きなんだ。そして、今はとある仮説のために、都市で回りの人から”変わった人”という印象を持たれる人についてのデータを取っている」


 一瞬、ケインが小声で「ヴォルムス教授って誰だよ」と聞いてきたが、私もそんな人は知らない。

 即興で作った設定である。


 たかが一介の商人が地方部の大学教授を知っているはずもなく、タレスはなんとなく頷いた。


「そ、そうか。……変な人、を探してるんだな?」

「ああ、そうだが――」


 できれば人数を絞りたいので、私はいくつかルテティアの特徴を挙げることにした。


「――できれば20歳以下の女性のほうがいいな」


 タレスは悩んだが、いずれこう答えた。


「そういや昨日だったか? 妙に大人びた小娘を見かけたな。嬢ちゃんと同じく、人を探しているようだったが……」


 この時期に誰かを探している……それに、大人びていて幼い……まあ、ルテティアで間違いないだろう。


「それで、どこに行ったか分かるか?」

「あー、どっちに行ったっけなあ。質問を終えたら、すぐさま消えちまったんだよ」

「そうか」


 分からないのなら仕方がない。

 次の人物を当たるとしよう。


 私は立ち上がると、タレスに告げた。


「情報をありがとう。これで研究が一歩進んだ気がする」

「ならよかったぜ。また困ってることがあったらいつでも来な。ケインの友達っていうなら、いつでも歓迎するさ」


 短い会話を終えると、タレスは在庫の整理を始めた。

 ケインはそれを見て、


「すげー……いつも人当たりがいいのに、ほんと無駄がねーよな、タレスのおっちゃんは」


 と、どこか遠い顔をしていたが、タレスは手を動かし続けながら平然と答えた。


「そりゃあたりめえだろ。商人に重要なのは効率だ。――客と親交を深めるのは商売を進めるための効果的な一手なんだよ」


 私は大いに納得したが、ケインはやはり腑に落ちていなさそうだ。


「そうなのか? おっちゃんが話してるとき、何か企んでるようにはみえねーんだけど」


 次のタレスの返答までには、予想外の間があった。

 カラン、とガラス製品の入った箱が動かされている音だけが辺りに響き続ける。


「……おっちゃん?」


 視線を少し上に向けて、ようやくタレスは口を開いた。


「俺はなあ、客と話すこと自体も好きなんだ。……そりゃあ、商売のために、ってのに間違いはねえ。でもな、それだけじゃねえ。人との付き合いは、そんな単純なものじゃねえんだ。……交渉時の駆け引きだとか、それはお互いをよく知っているからこそできることだからな。――急にやってきた部外者に価格を負けろと言われても、絶対に嫌だろ?」


 深く深呼吸した後、彼はさらに続ける。


「俺たち商人の仕事には人との関わりが不可欠だ。だから、人との親交を深めるってのには、自分自身がそれを楽しむってことも入ってくる。楽しめなかったら、すぐに永遠と続く化かし合いに巻き込まれて、疲れ切っちまう。商売ってのはな、相手との会話を楽しんで、出来る限り理解して、本音でぶつかり合うことを言うんだ。――少なくとも、俺の中ではな」


 確かに、そうかもしれない、と私は思った。

 一生愛想を振りまく演技をしていたら、いずれ燃え尽きてしまう。

 

 ……私はどうだったか?

 礼儀作法だとかマナーだとかを強要されるがままに身に付けて、周りが喜びそうな”演技”を20年以上続けて。

 元から自分は明るいほうだとは思わないが、だからと言って、自殺しようだなんて昔は思いもしなかった。

 私はいつしか、果てしない演技の世界にくたびれていたのかもしれない。


「……ってことだ。納得したか?」

「いやー、まあ、言いたいことは分かったけどよ……やっぱり色々と締めくくるのが早くねーか?」

「それが商人だ」

「そう……なのか?」


 ケインたちの会話が耳に入ってきて、私は自分のやるべきことを思い出した。


「ケイン、次の知り合いとやらを当たるぞ」

「あ!そういやローラもこーゆー奴だったー!」

「全てが早いのはケイン、君だぞ」

「あっ……はい……そうですね」


 私は改めてタレスに礼を言い、通りに戻った。

 彼は、私たちを温かく見送ってくれた。

遅くなって申し訳ありません! 少しペースが落ちてしまいました!

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