第12話 王都での日々 V
そそくさと走り去っていたなか、ケインが突如として言い出した。
「そういや人を探してるなら、俺に何人か当てがあるかもしれねーな」
私は即座に聞き返す。
「ほう。それは本当か?」
彼はどこか人をからかうような口調で答えた。
「嘘は吐かねーよ ――誰かさんのせいで溜息はよく吐くけどな」
人をおちょくるような態度は、ケインの持ち味だ。
最近はお互いあまり気楽ではなかったので、久しぶりに慣れ親しんだ彼の様子を見て、安心に近いものを感じた。……私だって、安心というものを感じることがあるのだな。
「で、誰なんだ?」
さっそく、本題に入った。
ケインは商店街のような道を指す。
「あの通りにある店の奴らだな――商人の繋がりってもんだよ。表面では競争しながら、割と助け合いもしてるんだ」
私は頷くと同時に、彼に関する重要な情報を一つ掴んだ悟った。
「ケイン、君は商人の子供だったのだな」
「え? ――ああ、そうだよ。レシュタウッド家っていうまあまあ大きな商家でな。俺が家として使ってるのはその商店のハドリア出店時に使う宿舎的なもんなんだ。――って、これって普通は会った直後とかに聞く話だろ!?」
ケインは、私が一向と彼の身の上話を求めないことを不思議に思っていたらしい。
私としては、別に知る必要が無かったので、尋ねなかっただけだが。
特に隠す必要もないので、端的に理由を述べた。
「どうでも良かったからな」
それを聞いたケインは、巨大な槍でも刺さったのかというくらい、悲痛な表情を浮かべた。
「……そんなに俺のことが嫌いかよ……!」
「は? そんなことは一度も言っていない」
彼がとんだ勘違いをしたようだったので、一応否定しておいた。
ともかく、これですべきことの大体の目星は付いたな。
ケインの知り合いである商人たちに、付近で変わった人を見なかったかと尋ね、街に来ているであろうルテティアを探す。
なぜ騎士団について直接尋ねないかだが、それは騎士団も放浪者や商人などに扮して、秘密裏に動いているだろうからだ。
普段の任務とは違い、彼ら彼女らが挑むのは王女である私の捜索で、それは外部に勘づかれてはならないのである。
「行くか」
「え……ああ。やっぱローラっていつも行動がはえーな」
突発的すぎるという批判の後は、早すぎるという批判か。今回は確実に論破できるので、私は強くでた。
「7歳で婚約とかを申し込んでくる君が言えることなのか?」
そう。色々と早すぎるのは、私よりケインのほうなのである。
「くっ……それは否定できない……」
彼も流石に言い逃れはできなかったようで、この勝負は私の勝利で終わった。
満足して、私は
「ははっ、私の勝ちだな」
とだけ残して商店街に足を進める。
ケインが妙な顔をして「ローラっていつもは大人びてるのに、ときどき子供っぽいところがあるよな……」と言ったことは聞こえなかった。
通りに近づけば近づくほど周りを歩く人の数が増していき、その賑わいは明瞭になっていく。
……人の波に押されないように注意しなければ。
私は後ろを向いて、ケインを呼んだ。
「ケイン、手を繋げ」
「えっ……? は……?」
思いがけない言葉に彼はしばらく困惑していたが、そのうち何を求められているかに気付いて、もじもじと答えた。
「なっ……なんで、いきなり手を繋ぐ……!?」
まったく、彼の動きの遅さにはいつも呆れさせられる。
私はシュッと彼の手を掴んだ。
「人が多い場所で、離れ離れにならないために決まっているだろう? 君はなんとかなるかもしれないが、私の弱さを見くびるな。こんな所ではぐれたら終わりだぞ」
ケインは真っ赤になりながらも、
「で、でも……なんか不自然じゃねーのか? ローラだって嫌だろ?」
と抗言したが、私には意味が分からなかった。
「嫌ではない。必要なことだ」
「……にっ、鈍い! 鈍すぎる!」
何を気にしているのだろう、と不可解には思ったが、考えたところでどうしようもなさそうな上に興味がなかったので、無視することにした。
「さっさと歩け」
「あ、はい」
商店街に入ると、そこは商品の宝庫だった。
ワインや果物、野菜、生肉、調味料、といった飲食物の後は、豪華なアクセサリーから実用的な道具までの多種多様な物品が売買されている。
そういえば、古代ローマにはビベラティカ通りという、現代の商店街によく似た通りがあったという。私が今見ている光景は、まさにそれが蘇ったかのようなものだった。
本で読んだ情報から考えると、この世界は現代の年代でいう中世の前半で、地域でいうと西ヨーロッパだ。よって、基本的にどの国でも王権は比較的弱く、貨幣経済も麻痺している。
しかし、古代から続くこのエトルリア王国だけは例外のようで、貨幣が流通しており、中央集権的な政治体制も保たれている。
そして、小国の割には街は民の笑顔であふれており、経済力・軍事力も決して低くなく、案外、この王国は平和なのかもしれない、と私は思った。
……それにしても、ケインの手を握った後から私の全身が熱い――王城から逃げ出した夜、ケインに抱きかかえられていた時と同じ感覚だ。
手を放したいのと同時に放したくないという思いが混ざっている。
まさか、ケインが手を繋ぐことを嫌がっていたのはこれを危惧してのものだったのか……?彼にはこの謎の発熱症状が起こる原因が分かるのか……?
手を繋ぐという行為を恋愛感情を持った上で実行した場合、恥ずかしくなることがある、と誰かから聞いたことはある。だが、私にそんな感情があるはずもない。ありえない。
では、なぜ……?
「あっ、最初はアイツからだ」
ケインの声は私を一気に現実に引き戻し、一つの店に視線を向けさせた。
作者の一言:気付けよ、ローラ。




