第11話 王都での日々 IV
扉の向こうは、賑やかな市場だった。
無論、ここはハドリアの都心から少し離れた場所にあって、王都で期待できるほどの華やかさではない。
しかし、会う人間の数が極めて限られていた王城での生活と比べれば、全然多いのだ。
……つまり、思った以上に探している人を見つけるのに時間がかかるかもしれない。
私はしばらく悩み、扉を開けたまま立ち止まっていた。
「……ローラ? 何してんだ?」
時折、深く考えているとき、私は全リソースを頭脳に回すことがある。そうなると、周囲の認知能力や人との会話能力が著しく低下し、今のように返事ができなくなる。
ケインは幾度がそんな私を見てきたことがあるので、察することができると思っていたが、どうにもそうはいかないようだ。
「返事しろよ!?」
されど、彼の声は私に届かないので、全力思考状態はしばし続いた。
……私が探し求めている協力者は、おそらくハドリアの警備――というよりかは、私の捜索のためにハドリアに派遣されているだろう。
私の寿命を見る能力には、相手の名前も知ることができるという便利な機能がついていので、これを利用して適当に王都内を巡っていたら会えると踏んでいたが、それはここまで人が多くない場合の想定で、この様子だと近くを通っても気づけない可能性がある。
では、どうするか。
「よし、決めた。聞き込み調査から始めよう」
「……は? 急にどうしたんだ?」
市民の噂話とは割と頼りになるものだ。
現実とそうでないものを区別できれば、有力な情報源となりうる。
問題は、この行動をどうやってユスティンに怪しまれないか、だ。
……というのも、ユスティンも有能な部下を数人用いて付近を捜索しているはずなのである。
”突然街に現れて、誰かを探している少女”なんて怪しすぎる。
「……怪しまれずに情報を聞き出す方法……か……」
ユスティンの部下の名簿でもあれば簡単なのだが、そんなものあるはずが――あった。
ハンザ・リューベック
ロタール・ヴェルダン
シャルル・メルセン
記憶の中を探してみたら、一部ではあるが、普通に出てきた。
そもそも王の目はまったく秘密の組織なんかではなく、むしろ、貴族に”監視されている”と見せつけ、不審な動きを抑制するために、その存在を明らかにしている公の団体だ。
たまに王から内密の任務を請け負うこともあるため、構成員の一部は潜伏技術に長けると聞くが、それも寿命と共に表示される名前を見れば問題ない。
「問題解決だ。行くとしよう」
「えーと、結局なんの話をしてるんだ?」
私が全て自己完結させたことで、ケインは何が何だか分かっていなさそうだった。
仕方がないので、要点を完結に述べてやることにした。
「ルテティアという騎士を探すために街の人の話を聞きに行く」
――そう、私の探している協力者とは、ルテティアのことだ。
彼女は騎士団の中でも位が高く、不自然な行動を取ってもそこまで怪しまれることはない。
さらに、私と一度会ったことがあるので、信用もできる。
せっかく説明してあげたのに、ケインは呆れた様子だった。
「最初からそう言ってくれよ。……あとルテティアって誰だよ」
なるほど、確かにケインにルテティアのことは伝えていなかった。私が挙げた名前は、殺された使用人のネル、襲撃してきたコロヌス盗賊団、そして黒幕と考えられるユスティンの三者のみだ。
よし、次回から気を付けよう――と考えるだけ考えて、私は歩き出した。
しかし、急に自分の腕が掴まれ、引き戻されるのを感じる。
「いやいや、いい加減にしろよ! いつも突発的に行動しすぎだ! ……訳わかんねーだろうが!!」
ケインは私の腕を捕まえたまま、そう叱責するのであった。
まさか動きを止められるとは……腹が立つ。
「ケイン、私は自分の立てた計画をすぐに実行に移しているだけだ。私の行動は、私の中では理にかなっているもので、決して無鉄砲ではない」
完璧な反論だったはずなのだが、どうしたことか、ケインにはまったく響いていないようである。
彼はハーッと、とても七歳とは思えない疲れの籠った溜息を吐き、
「それでも突発的なことに変わりはねーだろーが……」
と呟いた。
「いや、変わりはある!」
「ねーよ」
説得力のある返答を再考するのに疲れたので、ただ頑なに主張だけを続けて、ケインが疲弊して折れるのを待つことにした。
しかし、途中ではっとあることに気付かされた。
私たちは、周囲の注目をだいぶ集めていたのだ。
「おかあさん、あの人たち、なにしてるの~?」
「そっとしておいてあげなさい。……仲が良ければ良いほど、時には激しく喧嘩するものなのよ」
彼らからしてみればただの子供の喧嘩だが、これがユスティンの部下にでも目撃されたら厄介なことになるかもしれない。
とにかく、目立たないことを意識するべきだ。
「ケイン……行くか」
「……そっ、そうだな」
人目を気にしているのはケインも同じようで、気まずい空気の中、私たちは駆け足で場を離れた。




