第10話 王都での日々 III
歩行速度を意識してみたところ、むしろなめらかな動きになってしまったり、歩幅を広げようとしてみると、それに連動して不自然なくらいに腕のふり幅が広がってしまったりと、序盤は、本当にできなかった。
しかし、数日ほどやっていくうちに、集中力を保っている限りは”普通”の歩き方ができるようになっていた。
「これなら……まあ……ぎりぎりバレねーかな」
ケインはやっと頷いた。
ちなみに、今日までの数日間、私はケインの家から一歩も出ていない。――もしかしたら騎士団が私を探し回っているかもしれないし、さらに最悪の事態の場合、ユスティンも動いている可能性があるからだ。
「さて、ならば次の段階へ進もう」
これで街に最低限は溶け込めるだろうが、それでも私が直接情報を探るのは危険すぎる。
ユスティンに私の居場所を少しでも勘づかれたら、すべてが終わりだ。
よって、外部の協力者も必要となる。
「おい、ローラ? その前に聞きたいことがあるんだけど」
「どうした?」
意外なことに、彼は何やら言いづらそうな顔をしている。
「ローラは黒幕がユスティン……? って人で決めつけてるよな? 俺が分かってないだけかもしれねーけど、一応、他のだれかが黒幕ってのも考えてみていいんじゃねーか?」
なるほど、ユスティンが犯人ではない場合、私の計画には大幅な変更が必要となる。
しかし……
「それはありえない」
「即答かよ」
「ケイン、君はユスティンを知らない。私は王城の図書室で、彼に偶然出会ったことがあるが――」
私が図書室で「エトルリア建国史」を読み漁っていた頃、後ろを通りかかった男がいた。
「これは……ローラ様ではないですか。あなた様のような御方が、どうしてこの場所に?」
彼――ユスティンの外見は、ただの優しそうな老人だった。口調も穏やかで、第三者がこの会話を映像で見たのなら、少女と年寄りの微笑ましいやり取りにしか聞こえなかっただろう。
「私は知識を身に付けたい」
「ほう……。それは、我がエトルリア王国の歴史に興味を持ったということで?」
「いや、単に暇だっただけだ。暇つぶしには、勉学が一番良い」
「……変わった王女様ですな」
この時、ユスティンにどのような心情の変化があったのかは分からない。
しかし……
「人生で初めて、殺意というものを感じたよ」
比喩とか、錯覚とか、そういうものではない、明確ではっきりした、背筋の凍るような殺意。
人の感情をこうも肌で感じれるとは思いもしてこなかった。
二度とユスティンとは関わりたくない――私の心には、そう刻まれたのだった。
「へ……へー。とんでもねー奴だな……」
ことの顛末を話し終わると、ケインはどこか萎縮した様子で、私がユスティンを脅威として捉えている所以を理解したように見えた。
それほどまでに、ユスティンのことを話していた時の私には現実味があったのだろう。
事実、何度自分で思い出しても、少し震えてしまう。
……ユスティンが犯人だと考えられる理由は、他にもある。
「そもそも、私を殺して利益を得る人間はこの王国内にいない。王女を殺したところで、王国にもたらされる変化は悲嘆に暮れる国王くらいだからな。……そしてそう考えると、王国内に犯人がいる場合、何故か私に殺意を抱いていたユスティンが容疑者となる。実に簡単な話だ」
「王国外に犯人がいる可能性はどーなんだ?」
「ゼロに等しい。私の外出は内密のものだったし、これだけでも犯人候補は十分に絞れる。……まあ、ユスティンが他国と繋がっていて、情報を漏らしたというシナリオは無きにしも非ずだが……どちらにせよ、犯行にはユスティンが深く関わっている」
王の目含む”王の三柱”くらしか私の外出を知らなかったこと。
また、王の目の長官:ユスティンが、私に殺意を感じていたこと。
そして、最後に、私を殺して利益を得る人間が国内にいないこと。
証拠と呼べる物は何一つとしてないが、黒幕は”絶対に”と言って良いほどユスティンだ。
「そっか。……なんか変な質問して悪い」
「いや、おかげて私も頭を整理できた……気がする」
ケインは微笑した。
「気がするだけかよ」
どうして、何気ないやり取りに喜びを感じるのだろうか、と私は不思議でしょうがない。
これは、ケインが笑ったことにではなく、私が彼の笑いに釣られて、笑ってしまったことだ。
……案外、私も感情というものを感じていて、それに気づいていなかっただけなのかもしれない。
だが、それはそうと、計画の次の段階に進もう。
「ケイン、街に出るぞ。会いたい人がいる」
「会いたい人って……ローラは王城から出たことねーんだろ? 街の人なんて知らないんじゃねーか?」
「そうだな。街の人は知らない」
私は続きを説明することなく、彼の家を出た。




