第9話 王都での日々 II
私は生きているので、コロヌス盗賊団の襲撃は失敗したといえる。
しかし、黒幕であるユスティンがそう簡単に諦める人物だとは思えないので、絶対に次の行動を起こすはずだ。
となれば、私が王城から姿を消し、仮にどこかで死んでいても事故として処理できる現状は、彼にとっての好機といえる。
死に物狂いで私を探し出して、抹殺しようと試みるだろう。
そして、必ず大きな手掛かりを残す。
「当面はケインの家に泊めてもらい、この街で暮らしながらユスティンの動向を探る。こういう計画でどうだ?」
私はこの人生のほとんどを王城で過ごしているので、国民に素顔を知られておらず、服さえ平民のものに切り替えれば、そう簡単に見つかることは無い。
よって、基本的に問題はない、と思っていたのだが……
「問題しかねーよ」
とケインは即答した。
なぜ?と私が尋ねる前に、彼はその理由を説明する。
「まず、ローラって上品だろ?それだけでもぜってーバレる」
「……私は上品なのか?」
「十分すぎるくらい上品だよ……」
イマイチ、彼の言っていることが理解できなかった――というのも、私は別に、礼儀作法の訓練を受けていないのだ。
確かにネルに多少の常識は教わっているが、それは「お礼は相手を見てする」などといった、社会で生きる人間としての常識であって、貴族特有のものでもなんでもない。
……むしろ、身分制などなかった前世でもしょっちゅう言われていたことだ。
「具体例をくれ」
分からないことを聞き出そうとするときは、これが一番手っ取り早い。
相手の視点からの具体例を聞くことによって、私も相手の立場に立つことができ、共通理解を得られるからだ。
ケインはある程度悩んだあと、私の足を指さした。
「じゃあ、その歩き方」
私は頭の上にはてなを浮かべながらも、自分の足を見下ろし、部屋の端から端までいつも通りに歩いてみる。
……正直言って、普通の歩き方にしか見えない。
ケインは続けた。
「ローラってさ、歩くときの歩幅って意識してる?」
「ああ、しているな」
「背筋は?」
「伸ばすようにしている」
「それだけでも、普通に上品さの塊だから」
何を言われているのか分からなかった。
前世の親は、歩き方やら所作やらにうるさかったので、確かに意識しているポイントなどはあるが……
あ。それが上品さか。
当然かもしれなかったことに、今更気付いた。
そういえばネルが昔、「ローラ様は生まれた時から気品のある天才的な御方です!」と父に報告していたことがあった気がする。――前世から染みついている動きが貴族の作法と一致したことで、私は訓練を免れた……のか。
「……つまり、この、背筋を伸ばしたまま頭を高く保って、小さい歩幅で内股気味に、そして手は体の脇でゆったりと動かす歩き方が、周りと違って上品に見える、ということか?」
「そーゆーこと。……って、そんだけ色々意識してんのか!?」
思いのほか多かったのか、ケインは自分で言っておきながら驚いている。
「まあな。昔からそうしろと言われてきたんだ」
「……王族って大変なんだな」
実は王族と何も関係がない、ということは言わないでおくことにした。
「言いたいことは分かった。しかし、変えろと言われてもそう簡単には変えられない。練習に協力してくれ」
「えー!? 練習って……歩き方の?」
「ああ、そうだ」
ここから、歩き方を含めた、街の住人に混じるための訓練が始まった。




