プロローグ 余命転生
次々に巻き起こる戦争。増える凶悪犯罪。崩れていく国家。
そんな波乱に満ちた世界で考えなければならない将来。
面倒だった。
もう嫌だった。
考えるのが苦痛だった。
とある日、私は自ら命を絶った。
なんというか、全てに疲れてしまったのだ。
◇◇◇◇
「‥‥‥私はどこにいる」
気が付けば見覚えのない部屋にいた。
白い壁にフローリング。中央には足の短い丸テーブル。
周りからは驚くほど何も香らないし、何も聞こえない。
私はしばらく放心状態だった。
自ら死を選んだばかりなのだ、そう早く状況の分析ができるはずもない。
だが、徐々に死ぬ前の記憶やらが蘇ってくる。
私の名前は近藤朱莉。日本という国家に住む‥‥‥いや、住んでいた高校生だ。
歴史が好きで、学校では本をよく読んでいた。
友達の数は‥‥‥平均的だ。ここは協調させてもらうが、平均的だ。決して少ないわけではない。
そして、死ぬ直前。
いつもの帰り道を歩きながら、ちょうど良い死ぬ方法を思いつき、実行した。
本当に一瞬だった。
さてと、ここから本題だがーー私はなぜ生きている?
まさか死ぬのに失敗したのか?いや、ありえない。
私の策が失敗したことなんて小学校の自由研究くらいだ。
つまり、私は死んだのに意識だけある、という状況になる。
「やあ。失礼するよ」
「キャアアアアアー?!」
突然、老人が部屋の壁をすり抜けて入ってきた。
私が驚きのあまりバランスを崩し、骨を折りそうな勢いで床に衝突したのも無理はない。
「おっと、すまない!脅かすつもりはなかったんじゃ。ワシは管理人という物でのお‥‥‥」
何が何だか分からない。
こんな壁をすり抜けてくるような‥‥‥超自然的存在を認めろとでも言うのか?
だが、そうでもなければ死んだ私が生きているのもおかしい‥‥‥
「おぬしを蘇生させにきたんじゃ」
「蘇生?」
管理人と名乗った老人は続ける。
「おぬしは本来定められた寿命より早く死んだ。じゃから、蘇生しに来たのじゃよ」
管理人は落ち着いた声で説明していた。
私も、”蘇生”という言葉を聞いてからは冷静に状況を分析しだした。
なぜならば、私は生き返りたくないからだ。
せっかく楽になったのに、再び苦しみの中に戻させる?
そんなこと断固拒否だ。
「”管理人”とやら。一ついいか」
「ううん?なんじゃ」
私は長いため息をついて伝えた。
「私は蘇生されたくないーー死んだままがいい。あんな無茶苦茶な世界、もうこりごりだ」
優しかった老人の目つきは突如真剣なものへと変わった。
「おぬし、それを本気で言っておるのか」
その通りだ。
私は躊躇せずにはっきりと答える。
「ああ。本気だ」
しばらく見つめ合ったあと、老人は諦めたかのように
「ならば、これしか選択肢はないじゃろうな‥‥‥」
と小さく呟き、再び壁をすり抜けて部屋を出て行った。
「ふぅ‥‥‥」
部屋に一人残された私。
とりあえず、蘇生の危機は免れたと安堵した。
「しかし、この後はどうなることやら‥‥‥」
永遠にこの部屋で過ごすことになる、とかであれば困ったことだが、その時はまたその時で対策を考えれば良い。
自信家のように見えるかもしれないが、私にはその自信を支える能力がある。
生まれたころから周りよりは明らかに違ったつくりの頭脳だ。
まあ、そんな頭脳を持ちながら、命を捨てる決断をしてしまった訳だが。
「!?」
思考を巡らせていると、部屋の天井が光りだした。
まぶしい。
一度、本気で太陽を直視したことがあったが、その時と同じくらいーーいや、それ以上の明るさだ。
‥‥‥そもそもこの部屋、こんなに天井が高かったっけ。
部屋の構造がみるみる変わっていく気がする。
そして、だんだん意識が薄れて‥‥‥
‥‥‥よかった‥‥‥やっとこれで‥‥‥楽に‥‥‥
‥‥‥もっと違った生き方は、なかったのだろうか。
◇◇◇◇
目を覚ますと、私はだれかに抱かれていた。
ちょうど、赤ん坊だったころの感覚が蘇ってくる。
ああ、懐かしい‥‥‥
待て。
なぜ私は生きている?
私を抱きかかえているこの女は誰だ?ーーえらく大きい人だが。
いや、私が小さいのか?
まさか‥‥‥まだ死んでいない‥‥‥のか?
なぜ‥‥‥なぜ死ねない‥‥‥
「ふざけるなあ!!」
「あっ、しゃべりましたよ!」