第9話「救命事件」
深層ダンジョン専門サポートを開始してから3日後、俺は今まで経験したことのない緊急事態に直面していた。
「田中さん!大変です!」
佐藤さんが血相を変えて駆け込んできた。
「『黄金の獅子』が全滅寸前です!」
黄金の獅子——この国でも最強クラスの有名パーティだ。メンバー全員がレベル30を超える精鋭で、普通なら絶対に全滅なんてありえない。
「どこで何が起きたんですか?」
「『絶望の深淵』95階層です!ボス『古龍エルゼビア』との戦闘中に……」
俺は息を呑んだ。絶望の深淵の95階層なんて、伝説級の冒険者でも滅多に到達できない場所だ。
そして古龍エルゼビア——ダンジョンボスの中でも最強クラスの存在。
「詳しい状況は?」
「通信魔法が途切れ途切れで……『全員瀕死』『回復不可』『脱出不可能』って」
俺はすぐに【危機感知】スキルを最大出力で発動した。
『超長距離スキャン開始……』
『対象発見:絶望の深淵95階層』
『黄金の獅子パーティ状況:』
『リーダー・レオン:HP8%、毒状態、推定生存時間15分』
『副リーダー・シルビア:HP12%、両脚骨折、移動不可』
『魔導師・アルカス:MP0%、意識混濁、魔力枯渇』
『僧侶・ミリア:HP3%、治癒魔法使用不可、危篤状態』
『戦士・ガロン:HP15%、呪い状態、武器破損』
『古龍エルゼビア:HP70%、激怒状態、次の攻撃まで8分』
これは……本当にまずい。このままでは全員死ぬ。
「佐藤さん、すぐに最高級緊急キットを準備してください!」
「はい!」
俺は【緊急補給】と【リアルタイム配送】を同時発動した。
『緊急警告:配送先が危険地帯です。成功確率45%』
『古龍の魔力干渉により転送が不安定になります』
成功確率45%……ギャンブルだが、やるしかない。
「配送開始!」
店の前に巨大な光の柱が立ち上がった。今までで最大規模だ。
『第一次配送:完全回復ポーション×5、最上級解毒剤×3、呪い解除薬×2』
『配送成功:レオンが回復ポーション使用、HP70%まで回復』
「よし!」
だが、まだ危険は去っていない。
『古龍が再び攻撃体勢に入りました』
『推定攻撃まで3分』
俺は【効果予測】で戦況を分析した。
『現在の戦力では古龍撃破不可能』
『推奨戦術:時間稼ぎによる段階的撤退』
「追加配送します!」
『第二次配送:煙幕弾×10、高速移動薬×5、防御力強化薬×5』
『配送成功:黄金の獅子が煙幕戦術を開始』
でも、これだけでは根本的な解決にならない。古龍から逃げ切るには、もっと抜本的な対策が必要だ。
その時、俺の頭に新しいアイデアが浮かんだ。
『スキル応用:【緊急補給】+【カスタム補給】の組み合わせ』
『特殊戦術キット生成可能』
「特殊戦術キット?」
『古龍特化撃退セット:一時的に全能力300%向上、持続時間10分』
『警告:使用後24時間の完全戦闘不能状態になります』
リスクはあるが、これしかない。
「最後の賭けです!」
俺は全力で【カスタム補給】を発動した。
『第三次配送:古龍特化撃退セット×5』
『配送成功』
『黄金の獅子が特殊戦術キットを使用』
『全員の能力が一時的に300%向上』
通信魔法から、レオンの声が聞こえてきた。
「こ、これは……体中に力が漲る!」
「魔力が溢れるように回復してる!」
アルカスの声だ。
「行くぞ、みんな!この力なら古龍も倒せる!」
レオンが雄叫びを上げた。
『戦闘開始:黄金の獅子 vs 古龍エルゼビア』
俺は固唾を呑んで戦況を見守った。
『古龍HP:70%→50%→30%→10%……』
「やった!」
もともと地力のあるパーティだから、300%も強化されたら古龍でもひとたまりないだろう。
『古龍エルゼビア撃破成功』
『黄金の獅子、全員生存』
俺は安堵のため息をついた。
1時間後、黄金の獅子のメンバーが俺の店にやってきた。全員ぐったりしているが、確かに生きている。
「田中さん……」
リーダーのレオンが震え声で呼びかけた。
「あなたは、俺たちの命の恩人です」
「本当に……死を覚悟しました」
副リーダーのシルビアが涙を流している。
「あの状況から、まさか古龍を倒せるなんて……」
魔導師のアルカスも感動している。
「神の奇跡としか思えません」
僧侶のミリアが祈るように言った。
「田中さんがいなかったら、俺たちは確実に死んでいました」
戦士のガロンも深々と頭を下げた。
「それで、お代の方ですが……」
レオンが大きな袋を取り出した。
「今回の緊急サポート代として、50000ゴールドをお支払いします」
「え、でも緊急配送は30000ゴールドの予定でしたが……」
「足りません。命を救ってもらった上に、古龍まで倒せたんです」
シルビアが続けた。
「古龍エルゼビアのドロップアイテムで、総額20万ゴールド相当の収入がありました」
「20万ゴールド!?」
俺は驚いた。
「その4分の1をお渡しするのが当然です」
レオンが追加の袋を差し出した。
「えーっと、それはさすがに……」
「受け取ってください。それに、お願いがあります」
「お願い?」
「俺たちを、田中さんの専属契約パーティにしてください」
「専属契約?」
「はい。今後、俺たちがダンジョンに挑戦する時は、必ず田中さんにサポートをお願いします。報酬は、収入の20%をお支払いします」
「そ、そんな……」
「田中さんがいれば、どんな危険なダンジョンでも挑戦できます。俺たちにとって、これ以上ない心強い味方です」
俺は嬉しくなった。この国最強クラスのパーティから、そこまで信頼されるなんて。
その夜、俺の店は大騒ぎになっていた。
「田中さん!ニュース見ました?」
山田が興奮して飛び込んできた。
「ニュース?」
「黄金の獅子の古龍討伐が、全国ニュースになってるんです!」
佐藤さんがテレビをつけた。
『本日、絶望の深淵において、黄金の獅子パーティが伝説級ボス『古龍エルゼビア』の討伐に成功しました』
『しかし、今回の成功の影の立役者として注目されているのが……』
俺の店の映像が映った。
『ダンジョン内コンビニの店主、田中ユウヤさんによる緊急サポートです』
「うわあ、俺が映ってる……」
『レオンさんの証言によると、全滅寸前の危機を田中さんの神業的なサポートが救ったとのことです』
画面にレオンが登場した。
『田中さんは現代の英雄です。彼がいなければ、俺たちは確実に死んでいました』
『95階層にリアルタイムで補給を送り、古龍討伐まで可能にするなんて、もはや魔法以上の奇跡です』
俺は恥ずかしくなった。
「田中さん、全国的に有名になっちゃいましたね」
佐藤さんが嬉しそうに言った。
「これで、もっとたくさんのパーティからサポート依頼が来そうです」
実際、携帯電話が鳴り止まない。全国各地からの問い合わせだ。
「田中さん、おめでとうございます!」
常連客のカズヤさんも駆けつけてくれた。
「まさか全国ニュースになるなんて。俺たちも鼻が高いですよ」
「あの古龍を倒すサポートをするなんて、もう伝説ですね」
他の常連客たちも祝福してくれる。
俺は改めて実感した。
自分のスキルが、本当に人の命を救えるんだ。
しかも、この国最強レベルの冒険者たちからも認められている。
「現代の英雄」と呼ばれているなんて……なんだか、まだ信じられない気持ちだった。