第20話「それぞれの未来へ」
翌朝、俺は地元のコンビニで、いつものようにレジに立っていた。朝9時、開店と同時に常連のお客さんがやってくる。
「おはようございます」
「おはようございます。いつものコーヒーですね」
日常は何も変わらない。世界が変わっても、俺の毎日は相変わらずだった。
10時頃、佐藤さんが出勤してきた。
「田中さん、おはようございます」
「おはようございます」
佐藤さんは今、物流会社「セイフティロジスティクス」の社長をしている。俺のシステムを活用した配送事業で大成功を収めているらしい。でも、週に2回はこのコンビニでバイトを続けている。
「社長業は忙しくないんですか?」
「優秀なスタッフがいますから。それに、ここでの仕事の方が落ち着くんです」
佐藤さんは微笑んだ。その笑顔を見ていると、俺も自然と顔がほころんでしまう。
「田中さんの気持ち、よくわかります」
「そうですか?」
「はい。どんなに大きな仕事をしていても、基本は人と人とのつながりですから」
佐藤さんの言葉に、俺は頷いた。確かにその通りだ。
昼休み、俺と佐藤さんは店の裏で一緒に弁当を食べていた。最近、こうして二人で過ごす時間が増えている。
「田中さん、今度の休みに映画でも見に行きませんか?」
「映画ですか?」
「はい。最近、冒険者を題材にした映画が人気なんです。田中さんもモデルの一人らしいですよ」
「えー、そんなの恥ずかしいですよ」
「大丈夫です。私が隣にいますから」
佐藤さんの言葉に、俺の心臓が少し早く打った。
「じゃあ、お願いします」
「やった」
佐藤さんが小さくガッツポーズをした。その仕草が可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
午後2時頃、山田がひょっこりと店にやってきた。
「よう、ユウヤ!」
「山田、久しぶり」
山田は今、独立した冒険者として世界中を飛び回っている。「ワールドクラス冒険者」の称号も得て、各国のダンジョン調査やモンスター討伐で活躍しているらしい。
「今度はアフリカの新しいダンジョンの調査だよ。お前のシステムのおかげで、どこでも必要な装備が手に入るから助かってる」
「そりゃよかった」
「でも、やっぱりここに来ると落ち着くな。ユウヤの顔を見ると、冒険者になったばかりの頃を思い出すよ」
山田は感慨深そうに言った。
「あの頃は、こんな世界になるなんて想像もしてなかったな」
「俺も」
「でも、お前は変わらないな。それが一番いいよ」
山田はコーヒーを買って、また忙しそうに出かけていった。
夕方、一人の女子高生が店に入ってきた。制服を着ているが、明らかに冒険者の雰囲気がある。
「すみません、初めてダンジョンに挑戦するんですが……」
「はい、どうぞ」
俺は【顧客管理】スキルで彼女の情報をチェックした。
『顧客情報:16歳女性、冒険者レベル1、所持金2000ゴールド、緊張度90%』
「回復ポーションはどれくらい必要でしょうか」
「初回でしたら、小さいもの3本で十分ですね。それと、この地図も」
俺は必要最小限の装備をまとめて渡した。
「ありがとうございます!あの、もしかして田中さんですか?」
「はい、そうですが」
「テレビで見ました!すごい人なのに、こんな風に普通に接してくれて嬉しいです」
女子高生は目を輝かせていた。
「頑張って」
「はい!」
彼女は元気よく店を出ていった。俺は彼女の後ろ姿を見送りながら、自分が冒険者を始めた頃のことを思い出していた。
閉店後、俺と佐藤さんは一緒に店を片付けていた。
「田中さん」
「はい?」
「私、田中さんと一緒に働けて本当によかったです」
「俺もです」
「最初は、ただの優しいコンビニ店員さんだと思ってました」
「今でもただのコンビニ店員ですよ」
「そうですね。でも、それが田中さんの一番素敵なところです」
佐藤さんは恥ずかしそうに笑った。
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
俺たちは自然と手を重ねた。佐藤さんの手は温かかった。
家に帰る道で、俺は今日一日を振り返った。
山田は世界を股にかける冒険者になった。佐藤さんは会社を経営する立派な社長になった。みんなそれぞれの道を歩んでいる。
そして俺は、相変わらず地元のコンビニ店員をしている。
でも、それでいいと思う。
俺は世界を変えたのかもしれない。でも、世界が俺を変えることはなかった。
今日も一日、お客さんのために働こう。それが俺の選んだ道で、それが俺らしい生き方なんだ。
これまでに関わってきたすべての人々の笑顔を思い浮かべながら、俺はゆっくりと歩いていった。
【完】




