第2話「初ダンジョンで異変発覚」
翌日の午後、俺は大学の学食で友人の山田と向かい合って座っていた。
「で、急にダンジョンに興味って、どうしたんだよ」
山田ケンジは大学2年生だが、半年前から休学して冒険者をやっている。筋肉質な体に日焼けした肌、いかにも体育会系という感じの男だ。
「いや、なんとなく。最近バイトばっかりでつまんないし、ちょっと刺激が欲しくてさ」
俺は昨夜のスキル獲得のことは言わずに、適当に理由をでっち上げた。いきなり「謎のスキルを手に入れた」なんて言っても信じてもらえないだろう。
「まあ、ユウヤなら向いてるかもな。真面目だし、慎重だし」
「え、そうかな」
「冒険者って、案外地味な作業が多いんだよ。戦闘なんて全体の3割くらいで、残りは準備とか後片付けとか」
山田は唐揚げを口に放り込みながら続けた。
「じゃあ、今度一緒に初心者ダンジョン行ってみるか?俺が案内してやるよ」
「本当?ありがとう」
「ただし、装備は自分で揃えろよ。武器、防具、回復アイテム——最低限のセットで3万円くらいかな」
「3万円……」
俺は財布の中身を思い浮かべた。バイト代を貯めていたとはいえ、3万円は結構な出費だ。
「まあ、初期投資だと思えばいいよ。ダンジョンで稼げるようになれば、すぐ回収できるから」
翌週の土曜日。俺は新品の革鎧と短剣を身に着けて、市内にあるダンジョン入り口に立っていた。
「よう。なんだ、緊張してるのか?」
山田は慣れた様子で装備を確認している。彼の装備は俺より格段に上質で、特に持っている剣は魔法の光を放っていた。
「当たり前だよ。初めてなんだから」
目の前にあるダンジョンの入り口は、まるで洞窟のような暗い穴だった。20年前に突然出現したという話だが、今では観光地のような扱いで、入り口には受付のテントや装備を売る露店まで並んでいる。
「受付で登録してから入るんだ。万が一のときのために」
受付で手続きを済ませ、俺たちはダンジョンに足を踏み入れた。
「うわ……」
ダンジョン内部は薄暗く、松明の明かりがぽつぽつと灯っている。石造りの通路が続いており、ファンタジー映画のような雰囲気だった。
「最初の5階層は初心者用だから、そんなに危険じゃない。出てくるモンスターもスライムとかゴブリンとか、弱い奴ばかりだ」
山田の説明を聞きながら歩いていると、突然俺の頭の中に情報が流れ込んできた。
『スキル【在庫管理】が環境に適応しました』
『新機能:モンスタードロップアイテム感知』
「え?」
「どうした?」
「あ、いや……」
俺は困惑した。スキルがダンジョンで変化したのか?
すると、前方に現れたスライムを見た瞬間、頭の中に情報が浮かんだ。
『スライム:ドロップアイテム:スライムゼリー×1、確率:80%』
「おい、ユウヤ!ボーッとしてないで、初戦闘だぞ!」
山田がスライムに向かって剣を振り下ろした。スライムは一撃で倒れ、小さな青いゼリー状の物体を残して消滅した。
「ほら、スライムゼリー。回復薬の材料になるから、結構いい値段で売れるんだ」
山田がアイテムを拾い上げる。確かに俺が予想した通りのアイテムだった。
(まさか、モンスターのドロップアイテムまでわかるようになったのか……?)
次に現れたゴブリンを見ると、また情報が浮かんだ。
『ゴブリン:ドロップアイテム:小銅貨×3、ゴブリンの耳×1、確率:60%、30%』
山田がゴブリンを倒すと、予想通り小銅貨3枚とゴブリンの耳が落ちた。
「すげえな、今日は運がいい。普通、ゴブリンの耳なんてそうそう落ちないのに」
俺は内心驚いていた。スキルの予想が完全に当たっている。
さらに進んでいくと、今度は別の情報が頭に浮かんだ。
『警告:回復アイテム在庫不足を検知。推奨補充数:回復ポーション×3』
『警告:山田ケンジ装備品消耗度78%。メンテナンス推奨』
「山田、ちょっと待って」
「ん?」
「回復ポーション、あと何本ある?」
山田は腰の袋を確認した。
「あー、2本か。確かに少し心配だな」
「それと、剣の調子はどう?」
「剣?うーん、確かに最近切れ味が落ちてる気がする……なんでわかるんだ?」
俺は慌てて言い訳を考えた。
「いや、なんとなく。コンビニバイトで、商品管理に慣れてるからかな」
「へえ、そういうもんか」
山田は特に疑わずに受け入れた。
その後も進んでいくと、俺の頭には次々と情報が流れ込んできた。
『発見:隠し宝箱、位置:左の壁から3歩、下から2段目の石』
『警告:前方にゴブリン×3、推奨戦術:左側から接近』
『在庫状況:この階層のモンスター素材回収率74%、最適化余地あり』
まるでダンジョン全体が一つの巨大な倉庫で、俺がその管理者になったような感覚だった。
「なあ、山田」
「ん?」
「もしかして、左の壁に何かない?」
「え?」
山田が指示された場所を調べると、隠し扉が見つかった。中には小さな宝箱があり、中級回復ポーションが3本入っていた。
「すげえ!よく気づいたな!隠し宝箱なんて、相当慣れた冒険者じゃないと見つけられないのに」
「た、たまたまだよ」
俺は冷や汗をかいた。これは明らかに普通じゃない。コンビニで獲得したスキルが、ダンジョンで大幅にパワーアップしている。
帰り道、山田は上機嫌だった。
「今日は大収穫だったな!ユウヤがいなかったら、あの隠し宝箱も見つからなかったし、装備のメンテナンスにも気づかなかった」
「そんなことないよ」
「いや、マジですごいって。冒険者の才能あるよ。今度また一緒に行こう」
ダンジョンを出ながら、俺は自分の変化について考えていた。
【在庫管理】スキルは、ダンジョンではもはや在庫管理の域を超えている。モンスターの情報、アイテムの予測、隠し要素の発見——まるでダンジョン攻略のチート能力だ。
でも、なぜこんな能力を手に入れたんだろう。あの謎の老人は一体何者だったのか。
疑問は尽きなかったが、一つだけ確実にわかることがあった。
俺の人生が、昨日から大きく変わり始めている。