第15話「新たな使命感」
国家最高顧問になってから3日後、俺は霞ヶ関のオペレーションルームで、相変わらず物流業務をこなしていた。
「田中さん、今日も順調ですね」
佐藤さんが全国の配送状況を確認している。
「まあ、平和が一番ですからね」
俺は軽く答えた。正直、あの80万人の件以来、大きな災害もなくて助かっている。
その時、山本次官が早足でやってきた。
「田中さん、実は相談があります」
「どうしました?」
「九州で大規模な土砂災害が発生しまして……」
山本次官が資料を広げた。
「被災者約3000人、孤立状態が続いています」
「3000人かあ」
俺は安堵した。80万人に比べれば、遥かに楽な数字だ。
「道路が寸断されて、しかもゴブリンの群れが道を塞いでます。ヘリも天候不良で飛べません」
「なるほど、モンスターがいるから普通の救援は無理ですね」
「お願いします」
俺は【無制限物質創成】を軽く発動した。
『創成:緊急支援物資3000人×3日分』
『配送先:九州被災地避難所』
いつものように光の柱が立ち上がった。もう慣れたものだ。
『配送完了』
「はい、終わりました」
「え?もう?」
山本次官が驚いている。
「3000人程度なら、3分もかからないですよ」
俺にとっては、もはや日常業務レベルだった。
その午後、また別の相談が来た。
「田中さん、今度は沖縄の離島で台風被害が……」
鈴木課長が報告してきた。
「台風でダンジョンが不安定になって、海竜が暴れてるんです」
「被災者500人、モンスターのせいで船も近づけず、食料と医薬品が不足しています」
「500人ですね。了解です」
俺は再び【無制限物質創成】を使った。
『創成:離島向け台風復旧支援セット×500人分』
「完了です」
「ありがとうございます!」
鈴木課長が感謝している。
でも、俺はなんとなく違和感を覚えていた。
なんというか、作業的すぎるというか……。
夕方、佐藤さんが話しかけてきた。
「田中さん、最近どうですか?」
「どうって、普通ですけど」
「なんだか、機械的になってませんか?」
佐藤さんが心配そうに言った。
「昔は、一人一人のお客さんのことをもっと気にかけてたのに……」
「そうですかね?」
俺は考えてみた。確かに、最近は数字しか見てない気がする。
3000人、500人、1万人……ただの数字として処理している。
「ちょっと現地を見に行ってみませんか?」
佐藤さんが提案した。
「現地?」
「はい。実際に被災地に行って、直接お話を聞いてみるんです」
「まあ、時間はありますけど……」
翌日、俺と佐藤さんは九州の被災地にやってきた。
避難所になっている小学校の体育館に入ると、大勢の人が過ごしていた。
「あ!」
一人の小学生が俺に気づいた。
「お兄さん、テレビで見た人だ!」
「田中さんですよね?」
30代くらいの女性が駆け寄ってきた。
「昨日、突然食料が降ってきて……本当にありがとうございました」
「ゴブリンが怖くて外に出られなかったんです。でも、光と一緒に食べ物が現れて……」
「いえいえ、大したことじゃないです」
俺は照れながら答えた。
「大したことって……」
女性の目に涙が浮かんだ。
「子供たちがお腹を空かせて泣いてたんです。もうどうしようかと思ってた時に……」
「あのお弁当、すっごく美味しかった!」
さっきの小学生が元気に言った。
「お母さんが作ったみたいに温かくて!」
俺は胸が熱くなった。そうか、俺が配送した食料を、実際にこの子が食べたんだ。
「おじいちゃんの薬も届いて、本当に助かりました」
別の家族も感謝を述べてくれた。
「ダンジョンのせいで病院にも行けなくて、おじいちゃん危なかったかも……」
俺は改めて実感した。
数字じゃないんだ。一人一人に、家族がいて、生活がある。
「田中さん」
佐藤さんが俺の袖を引いた。
「どうですか?」
「ああ……なんか、思い出しました」
俺は素直に答えた。
「コンビニで働いてた時のこと」
その夜、ホテルで俺は考えていた。
コンビニで働いてた時、常連のおじいさんがいた。毎日同じ時間に来て、同じものを買っていく。
ある日、そのおじいさんが来なかった。心配になって、俺は店長に相談して、近所を探し回った。
結局、風邪で寝込んでいただけだったんだけど、すごく安心したのを覚えている。
あの時の俺は、一人の人のことを本気で心配していた。
それが、いつの間にか数字でしか見なくなっていた。
「田中さん」
佐藤さんが部屋にやってきた。
「今日はお疲れ様でした」
「佐藤さん、ありがとうございました」
俺は頭を下げた。
「現地に来てよかったです。大切なことを思い出せました」
「よかったです」
佐藤さんが微笑んだ。
「田中さんの一番いいところは、人を大切にするところですから」
「これからは、もう少し現場を見るようにします」
俺は決めた。
「手の届く範囲でいいから、ちゃんと一人一人のことを考えたい」
翌日、俺は政府に提案した。
「現地訪問制度を作りませんか?」
「現地訪問?」
山本次官が首をかしげた。
「月に数回、実際に被災地を訪問して、直接話を聞くんです」
「なるほど……確かに、現場の声は大切ですね」
「数だけじゃわからないことがありますから」
俺は昨日の体験を話した。
「その子が食べてる顔を見たら、やっぱり違いますよ」
「わかりました。『田中物流現地訪問プログラム』として正式に制度化しましょう」
山本次官が賛成してくれた。
1週間後、俺は沖縄の離島も訪問した。
「田中さん!」
島の人たちが温かく迎えてくれた。
「台風の時は本当にありがとうございました」
「海竜が暴れて、船が近づけなくて……」
「島の診療所の薬が切れて困ってたんです」
「田中さんの薬で、お年寄りたちが元気になりました」
俺は嬉しくなった。
これだ。これが俺の本当にやりたかったことだ。
大きな数字も大切だけど、目の前の一人を大切にすること。
それがきっと、一番大切なんだ。
「佐藤さん」
俺は隣にいる佐藤さんに言った。
「やっぱり現場がいいですね」
「そうですね。田中さんらしいです」
「これからも、できるだけ現場を回りたいと思います」
「私もお手伝いします」
佐藤さんが笑顔で答えてくれた。
俺の新しい使命感が生まれた瞬間だった。
世界を救うとか、そんな大それたことじゃない。
ただ、手の届く範囲の人たちを、一人ずつ大切にしていきたい。
それが俺なりのやり方だ。




