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ループ

作者: 三愛 紫月

 またか。

 そう心で吐き捨てるように呟いたのは、目の前にいる彼女が笑いながら青い液体を飲み干したからだ。


ーージジジジジジ


 また、空間が歪む。



そうちゃんも、何か飲む?」

「うん」



 このやり取りを繰り返して1100回目。

 昨日は、彼女のお通夜だった。

 警察に聞かされた毒物の摂取時間は、僕とお茶を飲んだ時だ。

 何度も繰り返された尋問。


「お前が殺ったんだろう」と言ってきた警察。

 解放されたのは、次の日の朝で。

 僕は、その足で君の元に来たのだ。



 

「はい、聡ちゃん」

「ありがとう」



 ほら、まただ。

 


「ちょっと待って。それ何?」

「これ?これは、バタフライピーって言うんだよ」



 このやり取りを600回はしているけれど。

 薬物の混入されるタイミングは不明だ。

 ちなみに、彼女は目の前で倒れたわけでもなんでもない。



「じゃあね、聡ちゃん。また、明日」


 ここまでがセットだ。

 そして、僕の電話が夜に鳴り。

 彼女の死を告げられる。




「そんな色のものは飲まない方がいいんじゃない?」

「これね、体にいいんだよ」



 この問いかけを、800回もしている。

 それでも、彼女は飲むのはやめなかった。



 恋人と言っても、人の家の冷蔵庫を開けるのは、何か違うよな。



「僕もバタフライピー飲もうかな?」

「聡ちゃんは、苦手な味だから無理だよ」



 はい、400回目。

 何度やり直しても、味見すらさせてもらえないのだ。



「麦茶やめてコーヒーがいいかな?」

「コーヒー待ってね。あーー、インスタント買い忘れちゃってる。麦茶で我慢してくれる?」


 300回目。

 よくもまあ同じやり取りで彼女を救えると思うよな。

 


「聡ちゃん、温くなっちゃうよ」

「あっ、うん」



 ドラマやアニメの主人公のようにうまくいかないのは何故だ。



「おっ、お腹痛くなってきた。痛み止め、いや胃薬ちょうだい」

「ちょっと待ってね」



 こうやって彼女をリビングに誘導するのは200回目。

 そして、いなくなってダッシュでキッチンの周辺を調べるも何も見つからず。



「汗だくだよ、どうしたの?」と言われること900回。

 結局、何の収穫も得られずに。

 僕は、またここに帰ってくるんだ。


 って、そもそもループものって回数制限があるんじゃないのか?


 仮になかったとしたら、僕はあと何千……いや、何万回やり直すんだ?

 やり直したところで、僕の脳ミソ的には限界だ。


 誰かに相談することも出来ない。

 相談……。




希実のぞみちゃんが死ぬ?はあ?聡の妄想癖やばいな』



 同級生の鳥越とりごえに相談するも、妄想だと断られて500回目だ。

 友人は、彼しかいないため助けてもらう事ができない。

 やはり、外部から調べてもらうのは不可能だ。

 それなら……。



ーージジジジジジ



 空間が歪む。

 あーー、失敗した。

 彼女が毒を摂取したのだ。



「聡ちゃんも何か飲む?」

「うん」


 1101回目。

 失敗から何かを学んだことはあるのか?

 僕に問いただすけれど、返事なんかあるはずない。

 これを何度繰り返せば彼女を救えるのだ。


 いや、そもそも。

 彼女は、自殺。

 遺書などは残っていないと言われていた。


 戻ってくるのは何故だ?

 自殺じゃないってことか?



「そ、そのバタフライピー誰にもらった?」

志帆しほだけど」



 あーー、この質問は250回目だ。

 志帆とは、彼女の従姉妹。

 従姉妹が何か旅行にいったお土産だった。

 そもそも、従姉妹に彼女を殺害する動機はないだろうし。


 だったら、犯人は誰なんだ?

 いや、犯人もだけど毒物は何に混入していた?


 1101回目なのに、いまだにそれがわからないのだ。

 先に進んだと思っても、すぐにジジジジジジって音がして連れ戻されるから。


 毒を摂取した時間だけ知っていても意味はないのか?



「な、何かお腹すいたなーー」

「何もないかも」

「こ、コンビニでも行ってくるよ」

「いいよ、私が行ってくるから」

「じゃあ、お願いしようかなーー」

「うん、行ってくるね」



 彼女が家を出て行く。

 この選択肢を選んだのは115回目だ。

 彼女が出て行くのを見届けてからキッチンを捜索する。

 別に怪しいものはない。

 

 リビングも捜索するけれど、何も見つからない。

 やはり、怪しいものは何もないのだ。



「ハァーー。どこにあるんだよ」




 イライラしたってどうにもならないのはわかっている。

 

 いいや、もう。

 よくわかんないし。


 キッチンに行って、お茶を捨ててコップを丁寧に洗った。



「ただいま」

「ありがとう」

「コーヒーも買ってきたよ」

「ありがとう」

「あれ?お茶は?」

「あーー、どっちも飲んだ。お腹すきすぎてたから」

「そうだったの。これでよかった?」

「うん、大丈夫、大丈夫」



 彼女が渡してくれたサンドウィッチを受け取る。



「コーヒーも」

「ありがとう、それは?」

「新作出てたから」



 彼女は、コンビニファミルの新作のチョコレートドリンクが大好きだ。

 コラボをしていたりしてもすぐに買う。



「ココアなのかチョコレートなのか、いまいちわからないよな」

「別に、聡ちゃんにわかって欲しくて買ってないから」

「まあ、そうだよな」

「でも美味しいんだから」



 って、ファミルのチョコレートドリンクなんて、今まで1度も買ってきてなかった。

 もしかして、お茶を捨てたのがよかったのか?


 1101回ループしたけれど。

 僕は、1度もお茶を捨てなかった。

 理由は、簡単だ。

 もしも、彼女が亡くなりお茶を処分したのがわかると警察に疑われるんじゃないかと思っていたからだった。


 ただ、今回はそんな事どうでもよくなってしまったのだ。

 何故なら、1101回も同じ場所をループしていながら。


 彼女の死は回避できないし。

 犯人は見つけられないし。

 毒を入れられた容器すら見つけられなかったのだ。

 もう、どうにでもなれ。

 そう思ったお陰で奇跡が起きた!


 人間開き直りが大事だといつかの誰かが言っていた。



「美味しい」

「好きだよねーー。それ」

「甘いチョコレートは最強でしょ?」

「確かに」



 彼女と話すのは楽しい。

 やっぱり失いたくなかった。

 よかった。

 これで、彼女の『死』を回避できたわけだ。



「ねぇ、聡ちゃん」

「何?」

「ううん、なんでもない」

「なんでもないって何だよ。僕たちの仲で隠し事はしなくていいんだよ」

「してないよ、大丈夫」

「なら、いいんだけど」



 もう、大丈夫。

 これで、朝になれば彼女は生きていてハッピーエンドだ!


 1101回目にして、ようやくハッピーエンドを迎えれるとはよかった、よかった。


 分岐点の選択は変わり、何事もなく進んでいく。



「じゃあ、帰る」

「うん、気をつけてね」



 死亡推定時刻は過ぎた。

 家に帰って何だかんだを終えて、いつものように寝るまで電話をして。

朝を迎えたら、新しい日々を送るのが確定だ。


 彼女に見送られて、家を出る。

 帰宅して、ご飯を食べたりお風呂に入ったりした。

 


「スマホ、スマホ」


 スマホを取って彼女にかける。

 今までの彼女は生きていなかった。

 けれど、今回はもちろん。



『もしもし』

「お風呂上がったよ!」

『私も』



 生きている。

 当たり前だが生きているのだ。

 他愛ない話をして。

 電話を切る。

 こんな日々が、明日も明後日も続くのだ。

 僕もようやく明日に行ける。

 この先の未来に二人で進んでいける。



『もう寝る?』

「そうだね。明日も早いし」

『私も早い。じゃあ、おやすみ』

「おやすみ」



プー

プー 

プー



 時刻は、0時を回っている。

 よかった。

 もう、本当に大丈夫だ。


 疲れきっている体は、僕を眠りに誘った。

 よし、これでもう大丈夫。


 僕は、明日から普通の生活に戻る。

 もちろん、彼女もいる。




ーージジジジジジ


 頭の中に響き渡る音にゾッとするも目を開けられない。


 どうなってる?

 どうなってる?



 暗闇からようやく目を覚ました。

 何だ、夢だったのか。


 そう安心したのも束の間。

 僕は、落胆する。

 

 何故なら、目の前にいる彼女が笑いながら青い液体を飲み干したからだ。

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