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追憶 ――高天原ヒカリ――

挿絵(By みてみん)




――私が今よりも小さかった頃は体が弱くて、よく発作を起こして入院と退院を


繰り返していたんです。


あっ、今はもう全然そんなことはないんですよ?


体育の授業とかも普通にこなせていますし、激しい運動をしたからって体の調子が


悪くなったりもしませんし。


まぁ……精神的に負担がかかりすぎちゃったりすると、さっきみたいな発作が


まだ時々出ちゃうことはあるんですけど……それでも小さかった頃に比べれば


頻度も目に見えて少なくなりました。


あの頃の私は本当に体も心も病弱で……。


発作を起こすたびに入院させられて、そのたびに検査をしてもらっても発作の


原因ははっきりと分からなくて……その出口が見えない繰り返しの日々が続くのが


とても辛かったです。


でもそれ以上に辛かったのは、そんな体だったから幼稚園にもまともに


通えないことでした。


私は病院のベッドの上なのに、同じ歳の子達は外で元気に遊び回っている。


私には友達なんていないのに、他の子達は仲のいい友達同士で遊び回っている。


私だけ他の子とは違うことが……一番辛かったんです。


子供心ながら、なんで?どうして私だけが他の子達と違ってなくちゃ


いけないの?ってずっと思っていました。


そんな私の友達と呼べるのは、両親が寂しさを紛らわすために買ってきてくれる


ぬいぐるみだけ。


本当は人間の友達が欲しかったけど、それを言ったら両親が困って、悲しそうな


顔になって、ごめんね、ごめんねってずっと繰り返しながら泣いてしまったので


二度と言わないようにしました。


それからの私は、世の中にはどうにもならないことがあるんだって理解して。


自分でどうにも出来ないことは望んじゃいけないんだって理解して。


そうやって一つずつ理解していくごとに、私の世界はどんどんと暗く、冷たく


なっていって……。


心が絶望しか感じられなくなってきた……そんな頃でした。


あの人――ナミお姉ちゃんと出会ったのは。






その日は病院の中が少し浮ついた空気でした。


出入口のドアを閉め切っている病院の個室では外の気配なんて分からないもの


なんですけど、入院生活が豊富な私はちょっとした空気の変化みたいな物を


敏感に感じ取れるようになっていましたし、その理由を知っていました。


二週間に一度のレクリエーションの日。


長期入院している患者の心のケアのために病院が外部からゲストを招くんです。


ゲストは歌手だったり、漫才師だったり、手品師だったりとレパートリーは


豊富でした。


長期で入院している、特にお年寄りにはその日を楽しみにしている人も多くて、


そういった空気が私の病室内にまで伝わってきてたんだと思います。


でも私はそのレクリエーションを最初の数回しか見に行ったことがありません


でした。


そして、その日も……






「行かない」


「どうして?ずっとお部屋で横になっていてもつまらないでしょ?」


当時、私の担当看護師として入院中の面倒を見てくれていたカオルさんの誘いを


即答で断りました。


「だって行ってもつまらないもん」


「それは行ってみないと分からないと思うけど?」


「分かるもん。どうせ今日も落語とかおじいちゃんおばあちゃん向けなんでしょ」


「あれは……うん……確かにヒカリちゃんにはちょっと早すぎたわよねぇ……」


カオルさんみたいな大人でもよく分からないと言ってたものが子供である私に


楽しめるはずがありません。


そもそも子供の入院患者なんて私くらいしかいなかったし、そうなれば当然


レクリエーションの内容だって自然と参加者の大多数を占める大人向きになって


しまうんです。


まぁ……手品だけはもう一度くらい見てもいいかなってこっそりと思って


いましたけど。


そういう訳で私はもうレクリエーションには見切りをつけて、二度と行かないと


決めていました。


「でもね、今日は今までとは違うのよ。私の従妹でアイドルを目指してる子が


いるんだけどね、その子にお願いしてライブをしてもらうことになってて――」


「そう!今日はこのアタシ!いずれ伝説のアイドルと呼ばれる予定な伊座敷(いざしき)ナミの


ライブの日だよ!!」


そこでカオルさんの説明を遮って、まるで登場するタイミングを見計って


いたかのように……


ううん。間違いなく見計らって病室のドアが勢いよく開け放たれました。


そしてドアを横へスライドさせた時のポーズのままでドヤ顔を決めながらそこに


立っていたのは、病院には似つかわしくない、三段フリルスカート型の


ピンクのワンピース衣装を着た高校生くらいの女の人でした。


「……カオルさん。不審者がいるよ」


「……そうね。不審者がいるわね」


「ちょ、ちょっと待ってよ!初対面のその子に不審者だと思われるのは


ともかく、カオ姉ちゃんまで一緒になって不審者扱いは酷くない!?」


「うるさいわよ、ナミちゃん。ここは病院なんだから静かにしなさい」


「あっ、はい……。ごめんなさい……」


カオルさんに窘められると、ナミと呼ばれたその女の人は一瞬でしゅん……と


なってしまいました。


「ヒカリちゃん、驚かせてごめんなさいね。この子が今言っていた私の従妹で


伊座敷ナミ。


確か今は高校二年生だから……ヒカリちゃんとは一回り歳が離れているわね」


「アタシとカオ姉ちゃんも干支が同じちょうど一回り差だよね!」


「ナミちゃん、余計なことは言わなくていいのよ?あと声が大きい」


独身女性としてはそろそろ色々と考えざるを得ない敏感な年齢に触れられて、


カオルさんは青筋を浮かばせた笑顔で言うと、ナミさんはまた、


「は、はい……。ご、ごめんなさい……」と恐怖で顔を引きつらせつつ全身も


ブルブル震えさせながら謝りました。


でもやっぱり反省を一瞬だけで終えると、私と目が合わせてきて、

「あなたがヒカリちゃんね。話はカオ姉ちゃんから聞いてるよ。よろしくね!」


まるで同い年の子供のような無邪気な笑顔で、真っ白な八重歯を見せながら


笑いかけてきました。


(すごい綺麗な人……。それにお日様みたくキラキラしてる……)


それが私のナミさんに対する第一印象でした。


お母さんが読んでいた雑誌に載っていたモデルみたいに整った顔と体系。


肩まで伸ばした軽めのウェーブがかかった黒髪を触覚みたく


細いツーサイドアップに分けていて、その毛先だけが緑色に染められて


いたのにも目を惹かれました。


そんなふうに思わず私が見惚れてしまっていると、


「じゃ、行こうか」


「え……。行くって……どこに?」


「もちろんアタシのライブ会場!」


そう言って、ベッドの上で上半身だけを起こしている私に右手を差し出して


きました。


――不思議な感覚でした。


あれだけ行かないと強く決めていたのに、自然とその手を握ってしまいそうに


なる。


強引なのにそれが嫌だと微塵も感じられない。まるで魔法にかけられてしまった


ように、言われるままそうしてしまいたくなる不思議な魅力がナミさんからは


感じられました。


でも私は絶対に行かないと決めていたので、


「い、行かないもん!」


意固地になってナミさんとは逆方向へ体を向けて寝転がり、頭から掛布団を


被ってしまいました。


「ありゃりゃ。これは頑固だ」


でも――と真っ暗な世界にナミさんの声が届き、


「頑固さならアタシだって負けないぞ~~!」


そして掛布団を無理やりはぎとり、私から逃げる場所を奪ってきました。


「か、返して!」


「ほい、カオ姉ちゃん!パス!」


私は起き上がって掛布団を取り返そうとしましたが、伸ばした手の動きを


嘲笑うようにナミさんは私から奪ったそれを隣にいるカオリさんに向けて


放り投げてしまいます。


そして次の瞬間には、伸ばしていた私の手はナミさんに捕まれていました。


「つ~かまえた♪」


ナミさんは悪戯を成功させた子供のようにニヤァと笑うと、私の手を引いて


体ごと自分へと手繰り寄せました。


そのまま私を包み込むように抱きしめると、「よっ!」という掛け声と共に


持ち上げて、気がついたら私はナミさんの両腕の中でお姫様抱っこをされて


いました。


「や、やだ!下ろして!」


「ちょ、ちょっとナミちゃん!ヒカリちゃんは病人なんだから無茶しないで!」


「大丈夫、大丈夫♪病気って言っても精神的なやつなんでしょ?


だったらそんなのアタシのライブを見れば一発で元気になるって!」


どこにそんな根拠と自信があるのかナミさんは自信満々に言い切ると、


「それじゃ出発!」と私をお姫様抱っこしたまま走り出しました。


カオルさんの静止の声を無視して病室を飛び出すと、


途中で他の看護師さんからも廊下は走らないでと注意されてもスピードを


落とさず、一直線にレクリエーションが行われる多目的ホールまで駆け抜けて


行きます。


抱きかかえられたまま全力疾走されるのはちょっと怖かったけど、それ以上に


風になったみたいでワクワクしたのを今でもよく覚えています。


だって私は生まれてからまともに走った記憶なんてほとんどないんですもの。


どんどん目に見えている景色が移り変わっていく。それは私がずっと憧れていた


光景でした。


原因不明の発作持ちの子供だからという理由で、私はずっと腫れ物を扱うように


大事にされてきました。


だからナミさんみたく過剰に気を遣ってこない人は新鮮でして――


この人は私が行きたくても誰も連れて行ってくれなかった場所へ連れて行って


くれるんじゃないか。


出会ってまで数分も経っていないのに、そんな淡い期待を抱かせてくれました。






「よ~し到着~!」


多目的ホールに着くと、ナミさんはパイプ椅子が並べられた一番前の席に私を


下ろして座らせました。


私を抱えたままあんなに全力疾走したというのに息一つ乱れていません。凄い体力


だと思いました。


「うんうん。お客さんの入りは上々だね♪」


すでに7割ほど埋まっている会場を見渡しながら上機嫌な声で言うと、ナミさんは


私に向かってウインクをして、


「それじゃ、アタシは準備が出来たって担当の人に伝えて来るからまた後でね」


多目的ホールと繋がっている奥の部屋へ行ってしまいました。


それから少しして心配そうな顔をしたカオルさんがブランケットを持ってきて


くれて、そこから少しまた待って……


そして、私の運命を変えた――生涯忘れられないことになる、初めての


ライブ鑑賞が始まりました。






多目的ホールに軽快な音楽が流れだし、再びナミさんがマイクを手にしながら


現れました。


「どうもどーもー!本日はアタシ、伊座敷ナミのライブコンサートにお越し下さり


ありがとうございます!


アタシは今17歳の高校二年生でして、卒業したらアイドルになるべく修行中の


身なんですけど――」


「あらまぁ。17歳って言ったら私の孫と同い年だわ」


「へぇ!それは偶然ですね!失礼ですけどそちらのお母さんは


今おいくつですか?」


「今年で70になったわ」


「70歳ですか!それはまだまだお若いですね!見た目もお若いですし、


アタシには69歳くらいにしか見えませんでしたよ!」


まるで漫才師がネタで演じそうなやりとりを観客を巻き込みながら即興で


作り上げ、会場のあちこちからはすぐに楽し気な笑い声が聞こえてきました。


そうやって場の空気を温めて観客の興味を自分へと十分に向けさせてから、


ナミさんはいよいよ本題に入ります。


「そんな訳で今日は孫娘が会いに来たと思って楽しんでいって下さいね!


では聞いて下さい。一曲目、伊座敷ナミのオリジナル曲で【大丈夫だよ!】」






会場に聞いたことのない明るく元気な音楽が流れ始めて、ナミさんが


踊り始めました。


ひな壇もステージ装置もない状態でのソロライブ。それは言ってしまえば


カラオケで人が歌うのを見るのと変わらない状況でした。


けれど――


(……あれ?)


私は気のせいかと思って指先で両目を擦りました。けれど、【それ】は決して


幻ではありませんでした。


ナミさんが踊るごとに、あの人の周りにキラキラと輝く光の粒のような物が


見えてくるんです。


最初は照明の効果か天井から何か降らせているのかと思いましたがそうでは


ありませんでした。


それは間違いなくナミさんから生まれ、どんどんと増えていきました。


そして前奏が終わり、ナミさんが歌い出した瞬間――


私の両目が映し出していたなんの変哲もなかったはずのカラオケ大会が、


一瞬にして変化したんです。


ナミさんの全身が一段と強く輝いたかと思うと、次の瞬間には何も無かったはずの


場所にそれがあったんです。


澄通った青空の中でキラキラと眩しく輝く、光の雲で出来たステージが。


その金色の雲の上でナミさんは踊り、歌います。自身も負けないくらいキラキラと


輝きながら。


メロディの上にたくさんの高音と低温が重なる、優しく、柔らかく包んでくれる


ような心地よい歌声。


緩急を使い分けた、思わずこちらまで踊り出したくなる軽快なダンス。


観客一人一人と目を合わせ、さらに魅了していくパフォーマンス。


まだ一曲すら全て歌いきっていないというのに、すでに観客全員の心を虜に


してしまうほどの美を惜しみなく披露し続ける地上に舞い降りた天使。


そう――よくアイドルを天使に例えたりしますが、ナミさんはまさに絵本で


読んだ天使そのものでした。


(すごい……すごいすごい!なにこれなにこれ!?)


私も例外ではなく、ナミさんの美しさと可愛らしさと恰好よさと、とにかく全部。


伊座敷ナミという天使が織りなす世界に惹きこまれていきました。


そして――


(ううん……天使なんかじゃない……)


それは天使よりもすごいもの。


(これが……アイドルなんだ……!!)


アイドルという存在が、私の中で強く刻まれた瞬間でもありました。



【続く】

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