9、銀色の猫の置物のようなアンドロイド
『マスター、おはようございます!』
(……ん? 誰? 念話?)
僕は、案内のカナさんが帰った後、台座の近くで眠っていたようだ。激動の1日だったから、疲れが溜まっていたのか。
ジャージ姿のままで寝ていたが、寒くはなかった。ダンジョンコアを守る結界のおかげかな。
『マスター、お目覚めはいかがですか』
(あれ? また……)
立ち上がって見回してみたが、誰もいない。ここは僕が主人の帰還者迷宮だよな? 寝起きの頭だと、異世界の名もなきダンジョンに戻ってきたのかと、勘違いしそうになる。
『私は、台座の上です』
(台座?)
ダンジョンコアを守る魔道具に視線を移すと、台座の上には、銀色の猫の置物のようなものがあった。
「お掃除ロボが変形したのか?」
『私は、アンドロイド。マスターのボールのプロテクターが柔らかい物質だったため、接続完了後に形がこのように変化しました』
「へぇ、綺麗な置物みたいだな。台座によく合う」
『ありがとうございます。階層が増えると台座から分離が可能になります。1階層だけの今は離れることができません』
「えっ? 動けるの?」
『今は、迷宮内のエネルギーが少ないため、動くことはできません。利用する人が増えれば、迷宮内のエネルギーも増えていきます』
猫の置物と話していると思うと、とても不思議な気分になる。今は、2099年なんだったな。未来の科学、いや、帰還者の叡智か。
「そっか。でも、話し相手がいてよかったよ。ひと月は引きこもれと言われてたからね。えっと、僕のダンジョンには、どうすれば人が来るのかな?」
『接続の完了を迷宮案内者が確認すれば、この迷宮はオープンします。1階層だけしかない状態だと、モンスターは出現しないので冒険者は来ません。オープン後の早い時期に、オーナーの住居を造られることを推奨しています』
「僕の住居? 確かに毎日、草原で寝るわけにもいかないな。って、ええっ?」
僕が立っていた場所が、突然、小屋の中になった。猫の置物が、壁沿いに置かれたインテリアのようだ。そして反対側には、ベッドや机が次々と現れた。
(寮の部屋だ)
懐かしいというより、ズンと重苦しさを感じた。僕は、大阪の高校に通っていたとき、寮生活をしてた。その寮の部屋が再現されている。
よく友達が泊まりにきて、騒いで寮母さんに叱られたよな。だけど、もう知り合いが訪ねてくることもないだろう。
『マスター、迷宮内の変更は、今はお控えください。マスターの魔力を消費するのは危険です』
「あっ、これは僕がやったのか。内装も自由に変更できる?」
『はい、可能です。ただし、今はお控えください。迷宮がオープンし、人が来るようになれば、迷宮内にエネルギーが溜まります。そのエネルギーをお使いください』
「意識してなかったんだけどな。何かを願うと変更してしまうみたいだ。気をつけるよ。だけど、多少の魔力を使っても魔力切れにはならないはずだよ?」
『先程、新たな情報をアップデートしました。マスターの迷宮に川が流れていることを、あの案内者が喋ったようです。ポンコツです。マスターに危険が及ぶことを理解していないのでしょうか』
(ポンコツって……)
「危険なのかな?」
『はい、危険です。今は迷宮内にエネルギーがほとんど無い状態です。何かが起こったときに、私はマスターを助けることができません。ポンコツです。あの案内者はポンコツです。本条 佳奈はポンコツです』
(ポンコツを連呼してる……)
確かに水を求める人が殺到すると、かなり危険か。ダンジョン内は不死だという特典も、まだ付与できない状態かもしれない。
「でも彼女は、迷宮特区の案内責任者だと言っていたよ? 力のある帰還者じゃないかな」
『本当に力のある帰還者は、ダンジョンコアを失うような失敗はしません。マスターの力に嫉妬しているのかもしれません。警戒します』
「カナさんは、ダンジョンコアを失ったの?」
『はい、迷宮特区の案内者はすべて、帰還者迷宮を造った後、様々な理由で主人たる地位を失った者です。本条 佳奈は、ダンジョンコアを潰され、迷宮を他者に奪われたという記録があります』
「えっ? ダンジョンコアを潰されても、ダンジョンは崩壊しないのか?」
『はい、そのためのアンドロイドです。私の中には、ダンジョンコア情報のコピーがあります。アンドロイドが無事なら、迷宮は崩壊しません』
「じゃあ、そのオリジナルのダンジョンコアを潰されても、主人が変わるだけなんだね」
『アンドロイドが未熟であれば、そうなります。私はマスターから多くの知識を学習しました。私ならエネルギーさえあれば、ダンジョンコアの再生が可能です。エネルギーがあれば、ですが』
「なるほど、優秀なんだね」
『マスターが優れていれば、アンドロイドも優秀になります。あのようなポンコツが私のマスターでなくて良かったです』
(またポンコツって……)
見た目は、キレイな猫の置物なのに、結構毒舌だしプライドが高いみたいだ。アンドロイドには、それぞれ個性があるのか。
まぁ、これくらい強気じゃないと、留守番は務まらないのかな。
僕は小屋の外に出てみた。外観は、小さな丸太小屋みたいな感じだ。異世界でよく見たものと同じかな。草原と上手く調和している。
小川まで歩き、冷たい水で顔を洗った。
ジャージ姿は楽なんだけど、着替えが欲しいところだ。地上は砂漠化していたが、バスから見た迷宮特区内の人達は、いろいろな服を着ていた。企業迷宮に行けば、店もあるのだろうか。
でも、ひと月は引きこもれって言ってたっけ。
異世界なら、森の中によく衣服の無人販売所があった。対価はお金じゃなくて食料だったよな。
『マスター、今は、迷宮内の変更はお控えください』
(ん? 何?)
小屋の方を振り返ると、その横には、蟲の魔王アントが治める国にあるような、大きな服屋が出来ていた。
「また、やってしまったのか。無意識だったよ」
『あのポンコツを呼び出しました』
「えっ? ごめん、怒った?」
『いえ、マスターに対しては、尊敬と崇拝の心しかありません。マスターに不自由な思いを強いる私の未熟さを反省しました。ポンコツに、さっさと迷宮をオープンさせます』