6、迷宮特区
僕達を乗せたバスは、急な坂を下り始めた。
(ここが目的地だな)
まさか琵琶湖だった場所を迷宮特区と呼んでいたとは、予想もできなかった。案内の女性は、2年前に完全に水が枯れたと言っていたが、窓から見える景色は、普通の草原に見える。
そんな緑の中を、バスは走り続けた。
琵琶湖だった場所は区画整理をしてあって、道路も整備されている。ワゴン車のようなものとすれ違うたびに、やたらと見られると感じた。
(うわっ、すごい人だ)
テントのようなものがポツポツと見えてきた。それと同時に、テントの前に大勢の人が並んでいるのも見える。
皆、小さなリュックを背負い、長袖シャツを着ている。この場所は、暑くないのだろうか。
「もうすぐ、皆さんをご案内する区画に着きます。迷宮特区の様子を見ていただきたくて、少し遠回りをしています」
案内の女性が、話し始めた。
「ご覧いただいた通り、迷宮特区は、私達の希望なのです。ここには、ボールのプロテクターを扱える帰還者の迷宮だけを集めています。迷宮に新たな階層が誕生すると、あのように、安全な住居を求めて人々が殺到するのです」
「あの人達は、どこから来ているのかしら」
ユキナさんは、ここが琵琶湖だとわかったときは、かなり取り乱していた。だけど、もう、毅然とした態度に戻っている。
(さすが女王様、かな)
「旧湖岸沿いには、待機所となる企業迷宮があります。安全な住居を求める人々が、全国から集まっています。それぞれの帰還者が出す条件に当てはまる人達の中で抽選をして、当たった人だけが引っ越しできます」
「じゃあ、ダンジョンの住人を、私達が選べるということね。一つのダンジョンには、どれくらいの人が住むのかしら」
「はい、帰還者迷宮では、主人が絶対ですから。ただ、無謀なことをやりすぎると、転居していく住人もいます。帰還者迷宮は、規模がバラバラなのですが、私達としては、1万人が住める住居を求めています」
「は? 1万人も、住む家がないんか?」
ユウジさんは、全く話を聞いてないように見えたけど、ツッコミは早い。
「勇者ユウジ、ちゃんと話を聞きなさい。一つのダンジョンあたりの収容人数よ。それで、待機所にいる人はどれくらいなの?」
「旧湖岸の待機所には、およそ100万人分の宿がありますが、満室です。安全な住居を必要としている人は、2000万人ほどでしょうか」
(はい? 2000万人?)
「それで、1万人と言ったのね。それだけの人が集まるということは、食料と水が問題ね」
「今、主要な食品会社の工場は、滋賀県に集まっています。いずれも企業迷宮にあるため、夏には壊滅的なダメージを受けるリスクもありますが……」
(なるほど、深刻だな)
案内の女性はそこで、言葉が続かなくなったみたいだ。ここまで時間をかけて僕達を案内してきたのも、この深刻な状況を理解させるためだろう。きっと、自分の目で見なければ、僕は信用しなかった。
「ちょい気になってんけどな。ここのダンジョンにはモンスターは出ぇへんのか?」
僕も気になっていたことだ。安全な住居と言われても、ダンジョンにはモンスターが湧いてくる。さっき、見たばかりだもんな。
「迷宮にモンスターは出現します。しかも帰還者迷宮は、企業迷宮よりも深い階層まで育ちやすく、階層数が増えればそれに比例して、強いモンスターが出現するようになります」
「は? ほんなら、家を建ててもアカンやんけ」
「確かに、壊されることもあるようですが、迷宮の主人がいれば、そのうち直るのです」
すると、ユキナさんが口を開く。
「家もダンジョンの一部を構成するのね。だけど、住居としては危険だわ」
「帰還者の迷宮は安全です。迷宮内では寿命以外の死がありません。だから、もしモンスターに襲われて命を落としても、一定の時間が経過すると復活します。これは、モンスターも同じです。討伐されても、一定の時間が経過すると、またどこからか湧いてきます」
(はい?)
「人間もモンスターも同じ扱いなんか?」
「迷宮の主人から見れば、いずれも迷宮の構成物です。帰還者の叡智により、そう定義されたようです」
「じゃあ、人はダンジョン内なら、餓死もしないのかしら?」
「いえ、餓死は起こります。ですが、一定の時間が経過すると復活します。病気による死は、寿命として扱われます」
僕達は、互いに顔を見合わせていた。たぶん、言いたいことは同じだろうな。
(人間はモンスターではない!)
だが、先に帰還した人が、そう定義して、このダンジョンの仕組みを作ったんだな。そうしなければ人類が絶滅するからか。
当たり前だけど、誰も、暗くて恐ろしいダンジョンに住みたいだなんて思わない。だから移住させるために、ダンジョン内での不死を約束したのか。
「到着しました! 暗い雰囲気にさせてしまって、すみませんでした。ですが、皆さんは私達の希望なのです! どうか、よろしくお願いします!」
◇◇◇
「帰還者の皆さん、こんにちは! ここからは案内を交代しますね。ボールのプロテクターをお持ちください。皆さんのアンドロイドを決定しまぁす」
(アンドロイド?)
バスが止まると、3人の中年の女性が乗り込んできた。3人とも、かなり強いな。
(帰還者か)
「皆さんには、これから、ひと月は迷宮に引きこもっていただきますねぇ。あっ、軟禁とかじゃなくて、迷宮の成長のためです。同じ日に来たのも何かの縁でしょう。互いの連絡はできるようにしておきまぁす」
(なんか、ムカつく喋り方だな)
「ちょっと待って。さすがに、ひと月も食べないと死ぬわよ?」
「だーかーらぁ〜、早く成長するんですよ。迷宮を成長させればいいだけです。ボールのプロテクター持ちなら、たぶん大丈夫ですよぉ」
(は? ふざけんなよ)
僕はイラついたけど、他の二人は、何も文句を言わない。言っても仕方ないからか。
「じゃあ、運転手さん、バスを少し動かしてくれる? 暑い中を歩きたくないわ。私は一番最後だからぁ」
再びバスは、ゆっくりと動き、僕達をそれぞれの区画に降ろした。一人に一人ずつ案内がつくんだな。
そして、僕の区画は、一番最後だった。
(コイツが、僕の案内担当かよ)