5、人気の弁当
「死霊のモンスターは、どこに?」
ユキナさんがブワンと何かの術を使った。サーチ系の魔法だろうか。彼女も、やはり戦い慣れている。飾りの女王様ではなかったんだな。
「宇宙に飛ばしました。あぁ、アレですね」
空には、色とりどりの爆発が見える。奴は、時空の歪みの狭間に巻き込まれたようだ。霊体である死霊は、あの中では身体を維持できないのだと思う。
「しょぼい花火みたいやな」
「おそらく、ケントさんが付与した魔法が転移後に発動しているのね。これで完全にマナに分解されて消滅するわ」
「どういう術なんや?」
ユウジさんのこの問いには、ユキナさんは答えられないみたいだ。二人の視線が僕に向いた。
(無理だ)
あの術は、赤の魔王ラランから教わったものだ。どうしてブラックホールになるのかを尋ねたこともあったけど、彼女の説明は全くわからなかった。
『パパパパッと重ねて、ふんって踏ん張って、キューってしたからだよっ』
そう、魔王ラランの言葉は、擬音語だらけで意味不明だったんだ。だけど、その感覚を共有すると、なぜか術を習得できた。ある意味、教え方が上手いのかもしれない。
「僕には原理はわかりません。多くの光を集めると白くなり、それを反転させただけです。黒く変わると光の中にいたモノは中心部に吸い込まれ、指定した場所へ強制転移する剣術です」
「剣術なんか? 魔法やろ」
「僕は、たいした魔法は使えなくて、剣がないと戦えないから……あれは剣術です」
「ふぅん、それも不便やな。反則級のチートかと思ったけど。しっかし、俺が一番弱いんちゃうけ? へこむわ」
そう言いつつ、ユウジさんは何も気にしてないように見える。意外に、いい人なのかもしれない。
空の爆発が収まった。
(あとは、ザコだけだな)
「私がいた異世界では、高位の死霊が時空を操っていたけど、移動時に時空に歪みがあると、身体が引き伸ばされて維持できなくなるのね。そこを狙えば倒せたわけか。ケントさん、勉強になったわ」
ユキナさんは、そう話しながら、ダンジョンからまだ出てくるモンスターに、火弾の雨を降らせている。
(うわー、容赦ないな)
「なんや、異世界って言うても、全然違うねんな。俺がいた異世界では、死霊なんて、無害でボーっとしとる最弱アンデッドやったで」
ユウジさんも話しながら、地中に何かの魔法を使ったようだ。大きな地響きの後、出てくるモンスターはなくなった。完全にダンジョンを潰したみたいだ。
(勇者ってヤバい)
◇◇◇
「皆さん、ありがとうございました。えっと、出発しても、大丈夫でしょうか?」
僕達がバスに戻ると、運転手と案内の女性は、ガチガチに緊張していた。僕達が怖いのだろうな。
「ええ、大丈夫よ。勇者ユウジが、この付近の崩れかけのダンジョンを潰したから、道の陥没には気をつけなさい」
(他のダンジョンも?)
「わかりました。道の安全を確認しながら進みます。皆さんは到着まで、お身体を休めてください。お弁当がありますから、よかったらどうぞ」
バスが走り始めると、案内の女性がカゴを持って、僕達の席を回った。
ユキナさんはパスしたけど、ユウジさんはカゴを覗き込んで、大きなため息を吐いた。そして彼も何も取らなかった。
(好き嫌いがあるのか)
最後に僕の所に持って来てくれたカゴを覗くと、二人が取らなかった理由がわかった気がした。
「これって、食べ物なんですか?」
「はい、今はこれが人気の弁当です。迷宮特区では、もっと豪華な弁当が販売されているのですが」
「見たことないので、一つもらいます。えっと、お金は……」
ジャージ姿に戻った僕は、ポケットを探したけど、何もなかった。僕の持つお金は、古銭扱いかもしれないけど。
「お代は結構です。一応、非常食としてバスに積んでいましたが、人気の弁当ですので」
(本当に人気の弁当?)
「ちなみに、これはいくらで販売されているのですか? 物価は大きく変わったのでしょうか」
僕は、小さな箱を取った。持つとカタカタと音がする。中身は、いくつかの錠剤とゴム状の練り物?
口に入れてみると、何かのフレーバーは感じるけど、食べ物というより薬だった。
「迷宮ごとに異なる通貨があります。これは、企業迷宮の中の工場で作られた弁当なので、通貨は日本円で、一つが5万円くらいだと思います」
「えっ? 5万円? そんなに物価が……」
すると、ユキナさんが口を開く。
「食べ物と飲み物は、異常に高騰してるのよ。さっき水を買おうとしたら、小瓶で30万円だったからやめたわ。コップか空ビンはあるかしら?」
「あ、はい、コップならあります」
彼女はコップを受け取ると、手から光を放った。
(水魔法か)
そして、次々と、コップに水を入れていく。
「わっ! す、すごい能力ですね」
「貴女、これを彼らに配って。運転手も貴女も飲みなさい。ちょっと硬水だけど」
ユキナさんがそう言うと、案内の女性は震える手で、僕達に水を配ってくれた。そして、運転手もビビりながら受け取っている。
「おい、ユキナ! ぬるいやんけ」
「はぁ? だったら氷でも出しなさいよ、勇者ユウジ」
「俺は、細かいことは苦手なんや。バス全部が凍ってまうわ」
◇◇◇
「あっ、迷宮特区が見えてきましたよ」
しばらくすると、僕が見ていた左側の景色は、一気に緑色に変わった。山は越えてないけど、ここはどこだ?
「随分と高い場所を走ってるんですね」
僕がそう言うと、右側の窓から外を見ていた二人は、パッとこちらを向いた。そして、左右をキョロキョロ見てる。
右側は茶色の砂漠か。だけど、なんだか違和感を感じる。わりと近くにテントが見えるような?
「ご説明します。右側に見えるのは、すべて企業迷宮です。旧湖岸をぐるりと囲むように、企業迷宮と駐車場があります。そして、左側が迷宮特区です」
(ん? 旧湖岸?)
「そういうことなのね」
ユキナさんは立ち上がり、頭を抱えている。
「どういうことやねん? 意味わからんで」
(まさか、この緑地は……)
「迷宮特区は、琵琶湖の跡地です。近くの山が台風により徐々に崩壊し、その土砂が堆積して、湖は浅くなっていきました。そして2年前にはこのように、完全に枯れてしまったのです」