49、後悔と覚悟
青虫カリーフは、すべてのレタスを食べ終わると、少年の姿に変わった。本来の姿は、あまり見せたくないらしい。
そして、ベッドの上をゴロゴロと転がって遊んでいるようだ。とても幸せそうな笑顔をしているが……。
(どうしようか)
青虫の姿を、ヘビではなく風船だと言ったユウジさんも、無言だ。関西人を黙らせる青虫カリーフって……。
「とりあえず、お茶を淹れなおしますね」
僕がミニキッチンに立つと、少年はまた、僕にすり寄ってきた。もう、僕が覚悟を決めるしかないな。
おそらく、僕に避けられていると感じるだけで、青虫カリーフはストレスを溜める。限界が近い状態だから、ほんのわずかな不安も、爆発の引き金になりかねない。
体内に溜まった瘴気は、どうすれば排出できるのだろう? 注射器のような細い管を刺して抜けば……いや、爆発するか。
こんなときに蟲の魔王アントさんがいてくれたら、と強く思った。まさか日本がこんな状態だなんて、予想もしなかったことだ。もっと多くのことを勉強しておけば良かった。
(あっ、勉強……)
「カナちゃん、僕は高校生だったんですけど、学校事情ってどうなってるんですか?」
お茶を淹れながら尋ねると、カナさんではなく、ユキナさんが口を開く。カナさんは、放心状態か。
「ケントさん、今は、義務教育までしか行われていないわ。北海道には高校や大学はあるみたいだけど、砂漠化するのも時間の問題でしょうね。企業迷宮に、小中学校があるわよ」
「へぇ、企業迷宮に小中学校か。確かに、人が住む迷宮内に学校もあるのが自然ですね。幼稚園はないんですか?」
「迷宮内の居住区内に、民間で運営してるんじゃないかしら。もしかして、その子を通わせるの?」
(はい?)
ユキナさんは、青虫カリーフのことを言っているのか?
「人じゃなくても、通えるんですか?」
「迷宮特区だと、大きな居住区のある迷宮のいくつかに、幼稚園があるわ。人工的に進化させた犬も通っているらしいから、種族は大丈夫じゃない? ただ、他人に危険を与える子は無理だろうけど」
(犬が幼稚園に?)
ユキナさんは言葉を選んでいるが、こんな状態の少年は、居住区に入れてはいけないと言っているのか。
「お茶、どうぞ。うん? キミも飲む?」
僕の手元を、ジーッと見つめるキラキラした緑色の瞳。
「ボクは飲めないけど、その葉っぱ……」
「お茶っ葉? 食べてみる? 苦いかもしれないよ」
「食べてみるっ」
急須に残っていた、ふやけたお茶っ葉を、皿に入れて渡す。すると少年はソーっとつまんで、口に運んだ。
「どう? それは普通は捨てるんだけど」
「ちょっと苦いけど、お腹がスーッとするから、薬草みたい」
「薬草じゃないと思うけど、まぁ、スーッとするならいいのかな」
「うんっ!」
少年はお茶っ葉を、ちびちびと、つまんで食べている。食事中とは明らかに違う。僕が話しかけても聞こえるもんな。
青虫カリーフは、自分の体内に瘴気が溜まっていることを、理解しているのだろうか。ふやけた茶葉を食べ始めたのは、生きたいという彼の本能的な行動かもしれない。
異世界で会った青虫カリーフは、茹でた野菜を嫌がり、生の葉っぱしか食べなかった。水も飲まないし果実も食べなかったっけ。
だけど、最期は近くの森に居た。あの青虫も、生きようとしていたのだと感じた。アントさんが、薬草を探して森に入ったんだろうと言っていたっけ。
あのとき、もっと、いろいろと聞いておけばよかったな。今更、後悔しても仕方ないが。
「今、話しても大丈夫か?」
ユウジさんがそう言うと、少年は彼の方をパッと見た。ユウジさんは、あちゃーと呟いたから、少年が食事中ではないとわかったみたいだ。
「はい、この子は不安そうにしていますが、大丈夫だと思いますよ」
僕は一応、念押しをしておく。
「そうかぁ。俺、下の階層も見たいねんけど、まだ修復は終わらんか?」
「それなら、私も見てみたいわ」
二人とも僕を気遣って、護衛してくれるつもりなのか。3階層しかないから心配されてる。いつ爆発するかわからない青虫の見張りは、やはり、僕ひとりでは難しいか。
「3階層の修復は、だいたい終わってますが、まだアンドロイドが何かをしてるみたいですね。海があるから、調整に時間がかかるのかもしれません」
「海があるのは聞いとったけど、ドロドロちゃうやろな?」
「普通に、青い海ですよ」
「ほな、見に行こか。ユキナは帰る方がええで。調べもんがあるんやろ?」
「は? なぜ私が……あぁ、そういうこと」
ユウジさんは、一瞬だけ少年に視線を移した。ユキナさんに、青虫カリーフに関する情報を集めてもらうつもりらしい。
「カナちゃんは、どうします?」
「私は、3階層に数名残しているから、一緒に行くわよ。1階層の襲撃者は、大半は逃げたらしいわ」
「そうですか。もう来ないでしょうから、僕としては構わないですが」
「次の新人が、また狙われるんだけどね」
僕が、扉に移動すると、左手の袖を少年が掴んでいた。今にも泣き出しそうな顔をしている。
「どうしたの? キミも一緒に見に行くでしょ?」
「うんっ!」
不安そうな顔は、一気にニコニコに変わる。だが、失敗したな。またストレスを与えたかもしれない。置いていかれると、不安になったのだろう。
◇◇◇
ユキナさんが居住区側の扉から出たのを確認した後、僕達は幽霊屋敷側の扉から出て、ボス部屋に入った。
落武者が出てくると、すぐさまカナさんは、何かの防御魔法を使った。
(やると思った)
落武者は、反射的にすべての効果を消す波動を使う。
(あっ、少しマシだな)
今にも破裂しそうなほど膨らんでいた青虫は、まだ丸い風船だが、さっきほど危険なパンパンではない。茶葉が効いたのか。
『あっ、ボク……』
「このボスは、魔法を使うとすべての効果を消す術を使うんだ。みんなの姿が変わったでしょ?」
青虫は、キョロキョロして頷いた。
カナさんは、アイドルっぽい女の子に変わり、ドヤ顔だ。ユウジさんは、見たことのない鎧を身につけている。
「へぇ、帰還前の姿やん。やっぱ、俺らは異世界人なんやな。ケント、おまえ、思いっきり魔王やんけ」
勇者にそんなことを言われると、背筋が冷たくなる。
「僕は、ただの魔剣士ですよ」
サックリとオーラをぶつけると、落武者はドロップ品を残して消えていった。




