27、企業迷宮協会からのお願い
「このせんべいが、不気味なモンスターのドロップ品なのか」
「社長、また失礼なことを言ってますよ。五十嵐さん、すみません。彼に悪気はないんですよ」
パワハラおじさんの世話は、大変だよな。
そういえばカナさんが、企業迷宮協会に話を繋いでおくと言っていたな。コンビニへの納品の件だ。
(それで来たのか)
「大丈夫ですよ。確かにこの階層は、お化け屋敷ですからね。この仕様は、居住区の安全のためなんですよ」
「階段から分岐していたので、非常に安全な居住区だと思いました。案内も出ていたのに、社長がモンスターが出現する方に行ってしまったんですよね」
(案内を見てなかったんだな)
「居住区へ商談に来たつもりがお化け屋敷だったら、さぞ驚かれたでしょう。この階層のモンスターは、人を殺しません。人間の恐怖心がエサになるのです。戦う力のない子供が間違えて、モンスターがいる方へ降りてしまっても、安全なんです」
「なるほど、それでこの選択でしたか。ただ、子供が驚いて、さらに奥に迷い込んでしまうリスクはありますね」
「はい。その対策として、浮遊する火の玉には迷子係の役割があります。帰りたいと泣く人間がいたら、階段へと導きます。先程のしょうゆせんべいは、火の玉のモンスター討伐時のドロップ品です」
僕がそこまで話すと、彼は、パワハラおじさんの方に視線を移した。
「そこまで考えたものを、不気味だと言って悪かった。人間を殺さないモンスターを配置したことで、こんな階層になったのだな」
(あっ、謝った!)
考えたのは僕ではなく、優秀なアンドロイドだけどな。ただ、これはまだ話せないことだ。アンドロイドは、普通のフリをしたがっている。
「ええ、まぁ、そんな感じです。今日、訪ねて来られたのは、納品についてでしょうか」
僕が話を変えると、パワハラおじさんは、バツの悪そうな顔をして、40歳前後の男性に視線を移した。彼は確か、進藤さんだっけ。
「五十嵐さん、実は、企業迷宮協会からのお願いで参りました。まずは、先日の灼熱低気圧で、多くの避難者を受け入れていただき、ありがとうございました。未オープンだったのに、無理をさせてしまいました」
「いえ、それは大丈夫です。えっと、お願いというのは、本条さんからの……」
「はい、本条さんから、まだ迷宮特区に拠点を置いてない製造系の企業は、こちらの迷宮への入居を推奨すると言われました。大企業はすでに拠点を持っています。だから企業迷宮が被害を受けても、復興は可能です。一方で、中小企業はそうはいかないのです」
「企業ですか? それはちょっと……」
「アパートの一室で構わないのです。現状では、非常に狭い場所で製造活動をする企業が多く、魔法を使える帰還者もいるため、五十嵐さんが知る時代とは異なると思います」
「帰還者も、工場で働いているのですね」
「はい、そうなんです。ただ、帰還者とは言っても、研修生といいますか、いわゆる人工的な帰還者です。ダンジョンコアをつくる能力のある迷宮特区の方々には、偽者と呼ばれていますが……」
(あぁ、金属塊の……)
僕が帰還したときは、ほとんどがその帰還者だったよな。僕達は、ボールのプロテクターを操るとか言われたっけ。
「でも、そういう人達がいるからこそ、工場を動かせるのですね。魔力は、電気やガスの代わりになる」
「はい、彼らがいなければ、ここまで命を繋ぐことはできませんでした。しかし今年の夏は、もう厳しいと予想されています」
(そういうことか)
ただの納品についての商談じゃない。彼らの存続がかかっているんだ。
企業迷宮協会の人がわざわざ足を運んでいるのは、僕のダンジョンだけではないだろう。
僕は、琵琶湖の外周にズラリと並んでいたテントを思い出した。あのすべてが迷宮特区に引っ越すのは不可能だ。彼らも、完全移転を望んでいるわけじゃない。
「お話は、わかりました。避難所としての入居を希望されるのですね? 潰されたときの復興の足掛かりとしての拠点なら構いません。ただし、隣人の迷惑にならないよう、音や匂いなどの配慮はお願いしますよ?」
「ありがとうございます! 五十嵐さん」
「ちょっと待ってくれ。俺は先行調査を済ませてある。既に1階層は決まったと言われた。2階層は募集枠の10倍以上の応募があると聞いているが」
パワハラおじさんは、さすが社長だけのことはある。
「1階層は店舗で働いてもらうことを入居条件にしているので、企業が入る余地はありません。2階層は、約2,000室のアパートがあります。家賃は高めですが、応募は殺到したようですね。そろそろ入居者も決まる頃でしょう」
「じゃあ、今の話は何なんだ! 俺達をバカにしているのか!」
(この時代にはパワハラって概念はないのか?)
それだけ必死なのだということが伝わってくる。僕みたいなガキに、頭を下げたくないのだろう。他の帰還者迷宮でも、多くの嫌な思いをしてきたか。
しかし、言うべきことは言わないと、後悔する日が来る。これは、蟲の魔王アントによく言われたことだ。
「えっと、内海さんでしたか。何も理解されてないですね。迷宮内のルールは、迷宮の主人が決めることです。少しは、ご自分の感情をコントロールしてください」
「はぁ? 何だと? やはり、アンタも同じか」
そう言った彼の顔は、絶望からか、一気に真っ赤になっていく。血管が切れないか心配なレベルだ。
「焦る気持ちは理解します。ですが、おかしな人を受け入れるわけにはいかない。僕は、この階層に、昔の僕が暮らしていた頃の街を作りたい。それに協力してもらえる企業しか許可できません」
「もう、すべての部屋の入居者が決まるのだろう? 企業迷宮協会に加入する零細企業で拠点のない所は、21社もあるんだ。おまえ達は、弱小企業を見捨てるんだろ。ふざけるなよ!」
チラッと進藤さんの方に視線を移すと、失敗したと思ったのか、頭を抱えていた。確かに、僕が見た目通りの高校生なら、こんなパワハラおじさんは出禁にするだろう。
(だが、これはチャンスだ)
「何を誤解されてるのですか? 僕が話しているのは、募集をかけてないメインストリート沿いの建物の話ですよ」




