199、グブの魔王か、紫の魔王か
「どうヤバイのですか? 僕はどちらの特徴も、全く知らないんですけど」
僕達は今、ゲームセンターのスロット台の近くにいる。アントさんの眷属の蝶が、軽い阻害系の香りを撒いてくれたが、店内にいるお客さん達に全く聞こえないわけではない。
僕は言葉に気をつけながら、アントさんに尋ねた。白の魔王フロウからの手紙の内容は、彼も知っていたようだ。いや、今、僕の頭を覗いたのか。手紙からは、白の魔王の魔力を感じたからな。
「紫は、火と水を司る。赤と青の劣化版だと言われているが、正確にはスペアだ。赤や青に何かあったときに、その役割を補うらしいぜ」
(紫の魔王は、ラランと青の魔王のスペア?)
「火と水か。紫って毒のイメージだったよ。なぜ、紫なら諦めろと書いてあったんだろう?」
「紫は、相反する属性を持ってるからな。エネルギーの回復が遅いため、星から吸うんだよ。マナのない星だと、吸われたエネルギーは元に戻らない。つまり、星の燃料がなくなって、そのうち崩壊するからな」
「えっ……」
原始の魔王に星のエネルギーを吸い尽くされたら、確かに回復手段はない。だから、紫の魔王がいるなら諦めてくれ、と書いてあったんだ。
だが紫の魔王の可能性はない。80年前にカルマ洞窟の厄災を起こしたんだからな。100年前に銀次さんの帰還を助け、そのオーラで青虫カリーフを発生させた灰王神は、グブの魔王だ。いや、でも、入れ替わった可能性はないのか?
チラッと、アントさんに視線を移すと、彼もハッとしていた。だよな。100年前に来たのがグブの魔王でも、今も同じ原始の魔王がいるとは限らない。
それに、キミカさんが残した伝言にも、灰王神は二人いるかもしれないとあった。紫の魔王がそんな名前で呼ばれるのは変な気がするけど、原始の魔王が高熱化を起こしたと考えると、火と水を操る紫の魔王が居る可能性が高い……。
僕の頭はチリチリしてきた。血の気が引いていく。一瞬、大丈夫だと思ったから、その反動が大きい。
「もう一方のグブは、生と死を司る。白と黒の劣化版だな。とは言っても、白と黒は、互いに相手のチカラを使える。白は命の扱いが得意で、黒は死の管理に優れているらしいが、俺には違いはよくわからねぇな。自己転生は黒が得意だしな」
アントさんは、僕の絶望感がわかって、追い払える可能性の話をしてくれている。
「僕も、二人の違いは、わからないよ。冥界にも二人とも出入りするらしいし……あっ!!」
「ん? どうした?」
僕が目を見開いたのだろう。アントさんは、僕を気遣うような、心配そうな目をしている。
「グブって、チャコールグレイみたいな色だよね? 濃いグレイ、濃い灰色だよ!」
「ん? グブを示すこの国の言葉がわからないけどな。グブみたいな色の呼び名が多すぎる」
紫の魔王は、赤の魔王が操る炎と青の魔王が操る水の、両方のチカラがある。絵の具で、赤色と青色を混ぜると紫色だ。
グブの魔王は、白の魔王と黒の魔王の劣化版。絵の具で、白と黒を混ぜると灰色になる。
「絵の具? という物は俺にはわからないが、固有オーラの色だぜ。グブは、黒に近いが、ぼやけた色のオーラを持っているらしい」
(えっ? オーラの色?)
そうだ、当たり前のことを忘れていた。五大魔王は、固有オーラを隠している。戦闘時に纏うオーラも、通常オーラだ。見たことないかもな。
(あっ! 隠してるんじゃなくて……)
「そっか。固有オーラは、チカラをすべて使うときにしか纏えないから、僕は見たことないのか」
五大魔王は、何かを贄として、本来の姿と共に、奪われてはならない記憶を封じていると、真夜中にラランから聞いた。
赤の魔王ラランは髪が赤いし、白の魔王フロウは白髪だから、なんとなく髪色で判断していたんだよな。
「俺も、5人すべての固有オーラは見たことないぜ。すべてを知っているのは、その5人と他の7人だけだろうな」
アントさんは、原始の魔王が12人だったと、言ってるんだよな。いや、僕がそれを知っているかを確かめたのか。
僕がそう考えていると、彼はニヤッと笑った。
(やっぱりね)
「でも、グブが灰色のことだとわかっても、何も変わらないね。灰王神の名前がそのまま使われているけど、今は、紫がいるのかもしれない。もしくは、二人がいるのかも」
「そうだな。俺にも今の状態は、わからないな。ただ、仲良く共有することはないはずだぜ。逃げてきた紫を、一時的に匿っているだけかもしれない。その時間にもよるがな」
紫の魔王が地球のエネルギーを吸っていても、その時間が短いなら、星の崩壊はないということだよな。
そういえば、台風の日に撮影したとき、海の中に、何かの影が写っていたっけ。ラランは、あれは魔王ではないと言っていたけど、紫の魔王の可能性がゼロではないよな。
僕の帰還は、時空の歪みで、少なくとも70年はズレた。アントさんやラランは、僕が帰還した少し後の時代から来ている。これは、白の魔王のチカラだろう。彼が回路を繋いでくれたから、時空を越えた行き来ができる。ということは、紫の魔王は、70年程前に、僕がいた異世界から姿を消したことになるのか。
(ん? あー、心配させたな)
突然、アントさんが僕の頭を、わしゃわしゃと撫でた。
「ケント、おまえの記憶を探った。グブしか居ない。紫が立ち寄ったかもしれねぇが、ここには止まらないぜ」
「えっ!? どういうこと?」
「比叡山には、12人いるんだろ? 同じ色同士がペアになって戦力の底上げをするから、戦闘系は6人だな?」
「あー、比叡山十二大魔王……」
(やばっ!)
魔王という言葉を出すと、近くを通った人がこちらを向いた。だが、気にしてないのか、そのまま通り過ぎたが。
「厄介な順に、青、赤、黄、紫、緑、茶。それぞれの得意属性が、水、火、雷、毒、風、土だろ? そんな星に、紫は長居しないぜ」
高ランク冒険者から聞いた話だ。
「アントさん、話が見えないよ」
僕がそう返すと、彼はケラケラと笑った。安心したような笑顔に見える。
「ケント、自分の特徴的な何かを冠した者が、めちゃくちゃ弱かったら、気を悪くしないか? そもそも同じ名は嫌だろ」
「へ? うーん?」
「ふっ、スペアの奴らは特にプライドが高いんだ。自分の固有オーラを象徴する名には誇りを持っている。紫は、毒なんだろう? 火も水も操れず、序列も低い。あはは、グブは、紫を格下に見ているんだな」
灰王神が選んだ魔王には、紫髪の魔王もいる。紫という文字を冠しているのに、一番厄介な魔王ではなく、しかも火や水を操る能力はなくて、毒が得意属性だから?
「それって、関係あるの?」
「ふっ、ありまくりだぜ! だが、今はそうでも、この後はわからねぇ。やはり現地調査だな。次は、どんな眷属を創ろうかな」
そういうと、アントさんは、楽しそうな笑みを見せた。
彼の余裕ある笑みで、僕はスーッと心が軽くなっていくのを感じた。