198、白の魔王フロウからの手紙
『小屋の外に出ていいよ。迷宮へ外からの干渉があったんだ。抗議したから、もう大丈夫だよ』
僕は、この8階層全体に、念話で伝えた。
『マスター、先程のとんでもないパリパリッとした術は、その、あの……』
『術は、もう解除したよ。暴走していた階層モンスターは全部狩った。復活したモンスターは、何の干渉も受けないはずだ。もしまた同じことをしたら術者を処刑すると言ってあるから、大丈夫だよ』
アンドロイドへの返事も、8階層全体に聞かせた。眷属の彼への経緯の説明も兼ねている。
『お、脅したのですか……。術者は何と?』
(頷いていたよ。おそらく、声を発するわけにはいかなかったんだと思う。もし、キミに何か言ってきたら教えて。術者の顔も名前もわかってるから)
これは、アンドロイドだけに返事をした。アンドロイドからの念話は、他の人には聞かせてないみたいだからな。
『はい! マスターは、とんでもないチカラがあるのですね。ダンジョンコアを経由しないで、しかも管理局に……。今、管理局に非常事態の警報が鳴っています』
(僕は、魔王資格者だからね。ん? 管理局の警報の情報なんて、キミに届くの?)
『はい、重大な事件が起こると、迷宮特区内のすべてのアンドロイドに通知されます。回線が遮断される可能性を考え、アンドロイドはダンジョンコアの台座に、強制転移させられました』
(お菓子の家じゃなくて、社にいるの?)
『話している途中で、強制転移が発動しました』
(あー、そういえば、途中で話が途切れたね。何が非常事態なんだろう? 僕は抗議して、すぐに術は解除したよ)
『青白い炎を操る帰還者が、迷宮特区の極秘とされる管理基地に侵入して職員を脅迫した、とのことです。事件のあった時間の迷宮の主人の所在地を、一斉調査されました』
(おかしいな、犯人探し?)
管理局の溝口という男は、僕の顔を覚えてなかったのだろうか? だが、迷宮に干渉したことは認めたよな?
悪意はないとか、異質なモノを感知したから迷宮の防衛機能が作動しただけだとか、一時的なものだとか、言い訳を並べていたが。それに、僕が迷宮内にいることはわかっているとも言っていた。
『マスター、術者は、脅迫された後、バタリと気を失ったようです。その様子を見た別の職員による警報です』
(えっ? 何もしてないよ?)
『あっ、今、目覚めたようですが……。警報はまだ解除されてないので、私は、ダンジョンコアの台座から離れられません。私は、飴玉の拾い放題に参加できませんっ』
(飴玉の拾い放題?)
『8階層のすべてのモンスターが倒されたため、復活には30分ほどかかります。その間、8階層への冒険者の立ち入りが制限されます。お菓子の家の休憩所の店員達が、小躍りしています。うっひょ〜って叫んでます』
(そ、そっか。早く警報が解除されるといいね)
『私も、うっひょ〜って叫びたいです。飴玉の拾い放題に参加したいですっ。私の分身が遊んでます。うっひょ〜しています!』
(あちゃー。まぁ、でも、キミは迷宮にとって必要なアンドロイドだからさ。それに飴玉は食べないでしょ?)
『私も遊びたいですっ! うぐぐぐっ、台座から離れられないです。マスター、何とかしてください』
(いや、そう言われてもなー。あっ、僕は、6階層の様子を見に行くんだった)
『私も、6階層に行きたいですっ!』
アンドロイドは、超反抗期が終わったと思ったら、今度は遊びたいモードに突入したらしい。
(警報が解除されたらね。お仕事よろしくね〜)
僕は返事を待たずに、迷宮内ワープで6階層へ移動する。ワープを使えば、念話は自動的に切れるからな。
でもまぁ、僕が使った剣技のせいで警報が出たなら、ちょっと悪いなとは思うけど。
◇◇◇
「アントさん、調子はどうですか」
6階層のゲームセンターでは、険しい表情をしたアントさんが、スロット台の近くに立ち、腕を組んでいた。
「見捨てた台が、ほんの5分後に大フィーバーしたのだが、何かの呪いか?」
(いやいや……)
「呪いというより、ツキじゃないですか?」
「ふむ、そうか」
アントさんは、その場を離れたくないらしい。まぁ、いつものことだ。完全にオーラを隠しているから、誰も怖がらないし、まぁ、フィーバーした台の後ろに恨めしそうな人が立つことは、珍しいことではない。
「今、8階層は、30分ほど立ち入り禁止になりました」
「ケントが階層モンスターを一掃して、飴玉祭りになっているからだろう?」
(知ってたか)
「アントさんは、あの暴走の可能性に気づいてましたね?」
僕は、言葉を選びながら、話をする。アントさんは僕の頭の中も覗くから、話は通じるだろう。
目の前を、店員の蝶が通っていく。軽い阻害系の香りを撒いてくれたようだな。
「異質なモノに対する反応を調べるには、ちょうど良かっただろう? これで、いろいろと見えてきたんじゃねぇか?」
「確かに、誰に敵視されているかは、わかりましたが」
「いや、それよりも、もっと大きな話だ。俺もまだ見極めが難しいが、準備の進み具合からして、ケントが心配しているこの夏は、まだ動かないだろうな」
アントさんは、ポケットから木の棒のような物を取り出して、僕に渡した。
(手紙だ!)
異世界の文字で書かれてあるから、ここで読んでも大丈夫だろう。
木の皮のような物を広げると、まさかの白の魔王フロウからの手紙だった。
(あれ? 寝てるんじゃないの?)
「あぁ、眠る前に書いたようだぜ。ケントに渡すのが遅くなったな」
アントさんは、常に僕の思考を覗いてるらしい。それほど心配させているのか。
僕は軽く頷き、手紙に目を通す。
『ケント、久しぶりじゃの。ケントが帰還した国のことは、いろいろと聞いておる。故郷の再生をしようと決めたようじゃな。育てた青虫カリーフがファイの一族になったのも、ケントの強い意思の影響じゃろう』
(チビのことまで……)
『アントは、もう手遅れだと判断したようじゃ。ラランも同じ意見じゃったな。しかしケントの様子を見て、二人とも、チカラになりたいと考えておる。ワシは、まだ方法はあると思うぞ。原始の魔王を追い払って、再生すれば良いのじゃ』
(銀次さんと同じ意見だな)
『ただ、困ったことに、どちらかわからぬ。ここにいたはずの紫の魔王の反応が消えたのじゃ。これからの備えのため、ワシは少し眠ることにした。ケントの星に居るのが紫の魔王なら、諦めてくれ。星の再生の見込みはない。グブの魔王なら追い払えば良い。追い払うには、祠の上書きじゃ』
手紙は、ここで終わっていた。
行方不明の魔王は、一人じゃなかったのか。だが、ちょっと待て。銀次さんは、原始の魔王らしき人に連れられて、100年前に異世界から帰還したんだよな? 僕が生まれるより前に。
「ふっ、それなら紫の可能性は消えたな。奴は時空操作能力はないぜ。ケント、やるじゃねぇか。だが、グブか……。一番やべぇぞ」
そう言いつつ、アントさんの表情は明るく見えた。