197、第8階層のモンスターの異変
ボス部屋のある丸太小屋から渓谷へと歩いていくと、崖からワラワラと、手長ビィが花畑に入ってきた。
(おかしいな)
異世界では、手長ビィは、花畑には居なかったはずだ。奴らは、渓谷を渡ろうとするモノを狙う。谷底から吹き上げる風に、魔法効果を打ち消す術を乗せ、落下するモノを狙って狩りをする種族だ。
渓谷の岩山全体が、手長ビィのナワバリであり、崖の横穴の先は、他の横穴とを繋ぐ複雑な洞窟になっている。獲物が少ないときは、川や岩場に生息する虫を食っているはずだ。
この階層は、異世界での僕の記憶から造られているから、手長ビィの行動パターンも、異世界での記憶通りに設定されたはずだ。しかも、眷属の彼は、チカラを示した。それなのになぜ、また花畑に来るんだ?
僕は、短剣を両手に持つ。
そして土属性を纏わせ、花畑に入ってきた手長ビィに土弾を飛ばし、一気に狩っていく。
(かなり、弱いな)
異世界にいた手長ビィとは違い、階層モンスターは、8階層という階層に合わせた強さに調整されている。見た目がそっくりだから、つい、本気で土弾を使ってしまった。
手長ビィのドロップ品は、個包装された懐かしのドロップだ。1体倒すと、飴玉が2〜3個ドロップするようだ。これは、集める方が面倒くさいな。
ドロップ品回収のために、ミッション依頼が出そうだ。子供達でも受注可能なミッションだな。
僕が飴玉を拾い終えた頃、また花畑に、手長ビィがチラホラと現れた。それだけではない。迷宮の壁側の砂地から、土のビィが近寄って来るのが見えた。
土のビィは、僕がいる崖近くではなく、真っ直ぐにボス部屋を目指しているようだ。
(やはり、おかしいな)
異世界では、土のビィは、幻術を利用して獲物を穴に落とし、集団で襲ってくる。ただ、執念深いのか、逃した獲物を遠くまで追うこともあったが。
だが砂地を離れて、他のビィのナワバリまでやって来ることはない。砂地に強い種族だから、逆に土が見えない草原や花畑では、有効な幻術が使えないはずだ。
僕は、さらに増えた手長ビィに土弾を飛ばして片付け、花畑にいる土のビィにも土弾を飛ばした。
土属性に耐性のある土のビィも、強くはないな。土弾に撃ち抜かれてパッと消えている。
(何だ? これは)
空からの視点で確認すると、階層モンスターが、こちらに向かって移動しているのが見えた。倒されて復活するときには、それぞれの配置場所に現れる。だが、復活後は、こちらに向かって移動してくる。
白い猫が慌てていたのは、これか。
お菓子の家の地下にあるダンジョンコアへの襲撃を心配したのかと思ったが、それはどうやら、僕の勘違いらしい。
階層モンスターが、ボス部屋を襲撃しようと動いているのだ。一旦、ボスがチカラを示せば、異世界のビィなら、こんな動きはしない。格下の種族であっても、自分達より強いことがわかれば、従うか、避けるようになる。
すなわち、今、階層モンスターを動かしているのは、迷宮だ。白い猫が、慌てて社に戻ったのも、自分が何か失敗したと感じたのだろう。今頃は、原因を調べ、この動きを止めようとしているはずだ。
そういえば、高ランク冒険者から、迷宮の主人が交代した直後に崩壊する迷宮があると聞いたことがある。迷宮の主人が力不足だと、迷宮の最深部から暴走が起こると言っていたっけ。
今回は、ボス部屋がターゲットになっている。
異世界人を階層ボスにしたから、迷宮が排除に動いたと考えるのが自然か。
そして、今、アントさんはこの階層にいない。彼がここに居れば、こういう事態は起こらないのかもしれない。迷宮が排除可能だと判断した眷属の彼だから、か。
(試したな……)
迷宮自体に、どういう機能が備わっているかは、わからない。だが、階層モンスターのこの動きは、もはや暴走だろう。迷宮の主人が交代したわけではないし、慎重なアンドロイドが誤操作をしたとも考えられない。
これを引き起こしているのは、ダンジョンコアの情報をすべて管理する迷宮特区管理局か。
(ふざけやがって!)
僕がいろいろと考察している間に、多くの階層モンスターが、花畑に集まってきた。眷属の彼も、使用人のビィを守りながら戦っている姿が見える。
『ちょっと、チカラを使うよ。普通のビィは、小屋の中に入って。お菓子の家の方もね』
僕は、8階層全体に、念話で伝えた。
『マスター、あの、申し訳ありません。なぜか、私では、アクセスできなくて……』
(キミの責任じゃないよ。ダンジョンコアの台座から離れて、お菓子の家に移動してくれる?)
『は、はい!』
『ケント様、一体、何が……』
『あぁ、ごめんね。すぐに片付けるから、普通のビィ達を小屋の中に入れてくれる? 復活待ちの人達は、そのままでいいから』
『かしこまりました!』
白い猫が、お菓子の家にワープしたことを知らせてきた。普通のビィ達も、小屋に入ったな。
僕は、アイテムボックスから、長剣を2本取り出した。
イライラしているためか、僕の身体の周りには黒いオーラが漏れているが、気にしない。
僕は、ぶわっと魔王覇気とも呼ばれる強いオーラを放出した。そのオーラは、階層全体にいるモンスターを一つ一つ認識する。
(あー、やっぱりね)
階層全体に僕の強いオーラが広がっていくと、その中にいるモノへの干渉があることも見えてきた。
その干渉を探る。
ダンジョンコア経由ではなく、迷宮の壁の先から、その干渉が行われていることがわかった。
(好都合だな)
左手の剣には冥属性の死を操る青い炎、右手の剣には僕の最大火力の白い炎を纏わせる。
そして、ゆっくりと近づけ、一気に魔力を流し込み、術名を念じる。
『断罪剣! 密偵捜索!』
僕の視界は青白く染まった。
バリバリパリッ!
剣から放たれた二色の炎が、僕が放ったオーラに一気に広がる。その炎はモンスター達を一掃すると、干渉していた密偵を探そうと、迷宮の壁をすり抜け、外へと駆け抜けていった。
(見えた!)
僕がその術者を見つけた瞬間、奴は迷宮への干渉を断ち切り、防御にまわったようだ。
(ふん、甘いんだよ!)
僕が放った炎は、奴らには消せない。密偵を処刑するまで消えない、僕の操り人形だからね。
『僕の迷宮への悪意ある干渉は許しません!』
術者の前に浮かぶ炎には、僕の顔が映し出されているだろう。
『これは驚いた。いや、悪意はない。異質なモノを感知したから、迷宮の防衛機能が作動しただけだよ。一時的なものだ。すぐに収まる』
『そうですか。次に同じことをしたら、この炎が貴方を処刑しますよ。管理局の溝口さん』
『なっ……なにを……見えているというのか! おまえが迷宮内にいることはわかっているぞ』
『僕の顔が炎の中に見えるでしょう? こちらからも貴方の顔が見えるのですよ。この術は魔力の消費が半端ないんだ。もう、こんなことをさせないでください。よろしいですね!?』
奴がコクコクと頷くのを確認し、僕は術を解除した。