195、第8階層のボス部屋
普通のビィを眺めながら、しばらく待っていると、丸太小屋の扉の戦闘中を示す表示が消えた。そして数十秒ほどして、空きを示す表示に変わった。
(さて、入るか)
僕は一応、装備を整える。この後、階層モンスターを見に行くことも考えて、軽く武装した。
(あっ、剣は多い方がいいな)
異世界での嫌な思い出がよみがえってきた。砂地に落とし穴を作る土のビィには、剣を奪われたこともある。長剣は特に狙われやすい。
僕は、奪われても惜しくない短剣を複数装備した。アイテムボックスの中には、貴重な剣も多いが、刃が欠けてしまったり、使い勝手が悪い剣も、そのまま放り込んである。
今の僕なら、刃がガタガタになっていても、魔剣として普通に使うことができる。捨てるような剣もそのまま持っていたのは、僕に剣術を教えてくれたアントさんの指示だ。
『一度も使ったことのない剣より、ガタガタな剣の方が、魔力が馴染むから使いやすいぜ。折れた剣でも、ケントなら使えるようになる』
あのときの言葉がよみがえってきた。アントさんから、そう言われたとき、僕には全く意味はわからなかった。だが、今ではよくわかる。僕は、折れた剣でも、魔剣として使えるようになったからな。
(なんだか懐かしい)
◇◇◇
ボス部屋の扉を開くと、外から見た感じよりも小さな部屋になっていた。半分もないと思う。
(なるほどね)
ボス部屋の左右の壁には、大きな扉が見える。その先はおそらく、この丸太小屋の主人のプライベート空間だろう。
少し待っていると、右側の扉が音もなく開いた。
(あっ、大きいな)
不気味な羽音を響かせて、階層ボスが現れた。迷宮が作り出したモンスターだから、本来の眷属の彼の姿とは少し違う。
体長は、彼は2メートルほどだったが、3メートルはありそうだ。全身が黒く、頭には長い触角が2本あるのは同じだが、漆黒のアーマーを身につけているように見える。これは、彼自身に直接のダメージが及ばないようにしてあるのか。
6本の手足が見える。その2本の手には、剣とヤリを握っていた。二刀流だな。眷属の彼は、4本の手に、剣やヤリを持っていたから、武器は半減させてある。
『よく来たな、人間』
(みんな同じセリフか)
眷属の彼は、僕のことがわからないようだ。そういえば、部屋の中にいるはずのアンドロイドの姿がないな。どちらかの扉の奥にいるのか。
彼の近くに、ステイタスが表示された。
──────────────
名前:ブラックビィ
[HP:体力] 25,000/25,000
[MP:魔力] 2,450/2,500
[物理攻撃力]51,000
[物理防御力]28,000
[魔法攻撃力]3,000
[魔法防御力]28,000
──────────────
これは、なかなかだな。6階層のボスは、防御力は、物防も魔防も1万はなかったのに、急に上がった感じだ。まぁ、7階層のボスは魔法無効だったけど。
物理攻撃力も、ドンと上がっている。この場所までたどり着ける冒険者を想定してのことだろう。あの渓谷を越えるには、よほどの帰還者でない限り、単独行動は不可能だ。
そもそも、まだ7階層のボスは、誰にも倒されてないんだよな。氷湖を攻略できない影響も大きいだろうけど。
「お手並み拝見だな」
僕は、両手に短剣を持ち、ボスへと向かっていく。
(あっ、回避か)
だが、まるでワープをしたかのように、部屋の左端に移動した。おそらく魔法は使っていない。ビィの能力だ。
そして……。
(見つけた!)
ボスが近くに来たことで、慌てて移動する白い猫。ゆるい認識阻害系の術を使って、僕の目には映らないようにしていたようだ。
(ふっ、何やってんだよ)
「僕はサーチが苦手なんだから、隠れていたら守れないよ?」
「もう隠れませんっ」
白い猫は、ぷいっと横を向いたが、不安そうにこちらを窺っている。拗ねたんじゃなくて、拗ねたフリをしているみたいだな。
(だいぶ成長したかも)
僕が仕掛けないでいると、ボスの方から斬りかかってきた。これも、他の階層ボスとは異なる点だ。仲間で相談する隙を与えないか。
キンッ!
当然、僕は弾くが、すぐに次の攻撃がきた。
(ふっ、面白い)
長い槍で、胸を狙った鋭い突きだ。
僕は、身体を少し斜めにねじって、その攻撃をかわし、白い猫から少し離れるために、クルッと一回転する。
キンッ!
すると、僕の移動地点を狙って、長い槍で突いてきた。もちろん、剣で弾いたが、この攻撃にはやられる冒険者も多いだろう。
迷宮が生み出した階層ボスのステイタスに縛られているが、これは、眷属の彼自身の戦闘センスだ。
(ワクワクしてきた)
そうか。アントさんも、僕と手合わせをするとき、こんな気分だったのかもしれない。僕が少し戦えるようになってくると、ワクワクするぜ、って言ってたよな。
ボスは、またワープをしたかのように一瞬で、かなり離れた場所に移動した。これはビィの特徴的な動きだ。勢いをつけて突進してくる。おそらくまたワープのように、一気に近付いてきて、すかさず攻撃する気だな。
こちらが近寄るのを待っているのか、左右に移動している。きっと近寄ろうとした瞬間を狙ってくる。
(そろそろ、いいかな)
僕は、両手に持つ剣に、炎を纏わせた。苦手属性はオーバーキルのリスクがあるから使わない。普通のビィは、炎耐性が高い。
タンッと踏み込むと、やはり来た。
ボゥオッ!
ズサッ!
両手の剣をX字に振り抜くと、すぐ近くに現れたボスに直撃した。
(よし! 大丈夫だな)
ブラックビィは、いつもとは違う色のラベルの回復薬をどちゃっとドロップして、パッと消えた。
ラベルを見ると、7階層と同じく、上回復薬と書いてある。数は、20本か。アイテムボックスに放り込む。
「マスター、お見事です」
「ありがとう。彼の戦闘センスが戦いに出ていたから、面白かったよ。本来のステイタスなら、かなりの強敵だね」
僕は、近寄ってきた白い猫と話しながら、宝箱を開けた。階層モンスターとは、まだ交戦してないから、想像がつかない。
(ん? 何だ?)
缶入りドロップが10個、そして、透明な大きめの袋に入った大小さまざまな色とりどりの飴? あっ、紐というか糸がついていて、袋の結び目のところから、ちょろっと糸が出ている。
(あー、わかった!)
これは、駄菓子屋のチャレンジお菓子の一つ! 糸付き飴だ! よく見ると袋には、『飴100くじ』と書いてある。そういう商品名なのか? いや、違う。僕が子供の頃に行ったことのある駄菓子屋の値札だ。確か、『飴100くじ、1回10円』って書いてあった。
(懐かしい!)
だが、もう、あの駄菓子屋はないだろう。砂漠化してるもんな……。
一瞬テンションが上がった反動か、僕は80年後の世界に帰還してしまった現実に、胸が締め付けられるような重苦しさを感じた。